【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

17 正気に戻るまでは



 優しい弟の吐き捨てるような言い様に、びっくりしてしまう。
「ケヴィン、あなた凄いことを言いますね。どこで覚えたんですか」

「父さんがよく言っているよ。父さんは姉さんを蔑ろにされて、かなり怒っている。でも、姉さんに同意すると平民になろうとするから、隠しているんだ。フィリップはげろ、毛根もげろと言っているよ」
 何ということだ。
 毛根がもげるとしたら、年齢的にブノワの方が先だろうに。

「ケヴィンにも気を使わせてしまいましたね。ごめんなさい」
「いいんだ。姉さんがいつも遠慮しているのはわかっている。でも、僕も父さんも姉さんが大好きだから、平民に戻ってほしくない」
「ありがとうございます。私もあなた達が大好きですよ」
 ケヴィンの頭を撫でると、少しばかり恥ずかしそうにしながらも、大人しくしている。

「じゃあ、クロード殿下と一緒にいてよ」
「でも、仲良しだと見せつけるのは無理ですよ。何と言っても、あちらは生粋の王族の美青年で引く手あまたですから、近付けばこちらの身が危ういです。それに……色々ありますし」

「色々? 何、キノコで怯えられたの?」
「それなら、良かったのですが。キノコにプロポーズされました」
「……は?」
 眉間に大渓谷を作るケヴィンの気持ちはわかるが、まぎれもない事実だ。

「殿下はキノコの変態でした。私のキノコが気に入ったようです」
「そ、それで、どうするの」
 キノコの変態という生まれて初めて聞くであろう言葉に、ケヴィンも動揺を隠せない。

「どうにか、殿下の片思いで運命の相手というところまで、落ち着いてもらいました。権威を使われたら一発で終了なので、とりあえず考えさせてほしいと伝えてあります。その間に正気を取り戻してくれると良いのですが」
 眉間に皺を寄せながらしばらく唸っていたケヴィンは、大きなため息をついた。

「……それでも、姉さんがクロード殿下の隣で笑っていれば、フィリップ様は面白くないはずだよ」
「そうでしょうか」
 フィリップからすれば偽物の元婚約者なわけだから、何をしようとどうでも良いと思うのだが。

「そうだよ。あの人、子供だから」
 年下のケヴィンに子供と言い切られるフィリップもどうかと思う。
 しかし、アニエスも擁護する気はないし、擁護できる内容もない。

「……わかりました。殿下が正気に戻るまでは、少し付き合うことにします」
 アニエスの答えを聞いたケヴィンは、満足そうに微笑んだ。



 翌日から毎日、アニエス宛てに花束が届けられた。
 さすがは変態とはいえ王子、やることが王子っぽい。
 感心して花を眺めていると、添えられたカードに気付く。

『また会う日を楽しみにしている』

「……凄いですね。文面もそれっぽいです」
 この文面からは、とてもキノコの変態だとは思えない。
「はい?」
 花束を届けに来たモーリスが首を傾げているので、何でもないと取り繕う。

 もっとも、クロードが会いたいのがアニエスなのかキノコなのかはわからないが。
 ……いや、キノコか。
 確実に、完全に、間違いなくキノコの方に決まっている。

 アニエスがため息をつきながら花束を受け取ると、うっかりモーリスの手に触れてしまった。
 モーリスの腕に生えたのは、淡い褐色に焦げ目の様な濃い褐色の鱗片を持つ傘のキノコ。
 確か、ツチスギターケと言っただろうか。

 いくら度重なるキノコに見舞われているからといって、何故こんなにキノコを見分けられるのか自分でも不思議だ。
 だが、キノコの感度が上がっていることといい、恐らくは精霊の加護の影響なのだろう。
 本当に、ほぼキノコの呪いである。
 
「すみません、キノコが」
「ああ、いえ。殿下が喜びます」
 そう言ってキノコをむしり取ったモーリスは、そっとハンカチにツチスギターケを包んだ。
 何と図らずも、お土産キノコを渡した状態だ。
 何だか微妙な気持ちだが、『キノコを返せ』というのもおかしい気がするので、無言で見送る。


「……グノー様は騎士なのですよね? 何故こんなお使い業務をしているのですか?」
「モーリス、と呼び捨てで結構です。私はクロード殿下の部下であり、同時に護衛でもあります。……おかげで、他には任せられぬことを請け負う事も多いのです」
 やはり騎士だし、それどころか護衛騎士らしい。
 普通に、相当なエリートではないか。

「では、モーリス様。他には任せられぬ事が……これですか?」
 王族に公開婚約破棄された伯爵令嬢に、花束を届ける。
 腕に生やされたキノコを、キノコの変態王子に届ける。
 ……誰でも良いというか、どうでも良い気がするのだが。

「アニエス様のキノコ事情を知らぬ者では面倒が起こるといけません。私ならば面識があるので、アニエス様もそこまでの恐怖はないだろう、という殿下のお考えです」
「キノコと恐怖については、まあそうですけれど。……そもそも、キノコ事情を知らないうちからモーリス様が来ていましたよね?」

「それは。……殿下から信用していただいているという事ですので、光栄に思います」
「はあ」
 結局よくわからないが、モーリスの様子からしてこれ以上話す気はないらしい。
 釈然としないものの、クロードの命令を軽々しく漏らさない辺り、やはり信用されているのだろう。

「それで、仕立て屋の訪問ですが、都合の良い日を教えていただきたいのですが」
「あ、それはこちらで用意しますから、結構です」
 さすがに二度もドレスを用意させるのは気まずいので断ると、モーリスの表情が目に見えて曇る。

「いえ。それではドレスがないと土壇場で断られかねないので、こちらで用意するようにと命じられておりますので」
「……わかりました」
 徹底しているし、信用が無い。
 というか、別方向で絶大な信頼を得ている。
 どれだけキノコに会いたいのだろう。
 仕方がないので、ドレスに関してはクロードの指示に従うことにした。


「……そう言えばモーリス様。先日の舞踏会のドレスは、いつ返却すればいいのでしょうか」
「あれは、アニエス様に贈られたものですので、返却は不要です。好きになさってください」

 その言葉に、アニエスの視界がパッと明るくなった。
 あれだけ上質な生地なら、素敵なスカートが作れそうだ。
 これで平民新生活の資金問題にも解決の兆しが見える。

「そうなんですか? じゃあ、遠慮なく(はさみ)を入れられますね」
 虚をつかれた様子のモーリスは、一瞬動きが止まった。




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【今日のキノコ】
ツチスギタケ(土杉茸)
淡い褐色に濃い褐色の鱗片があり、見た目にはこんがり焼き目のついた色白の椎茸。
肉は食感に優れているが、嘔吐や吐き気などの消化器系の中毒症状が起こるらしい。
……最初に食べた人が『食感、最高!』と言って吐いたのか、吐くと分かった上で食べて『食感、最高!』と言ったのか、気になる。

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