【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

22 それはキノコの幻です



「今日も髪をおろしているね」
「え? は、はい。……やはり、不愉快でしたか?」
 フィリップ対策からの解放気分で髪をおろしたが、桃花色の髪は好まれないという事実は変わらない。
 前回文句を言われなかったので今回もおろしたが、気分を害したのだろうか。

「そんなことはない。こんなに綺麗な髪と瞳の御令嬢がいるなんて、今まで噂にも聞いたことはなかった」
「気を使っていただき、ありがとうございます。今までは髪もできるだけ小さくまとめて、目立たないようにしていました。化粧もドレスも地味にしていたので、誰も気付かなかったのでしょう」
「何故、そんなことを?」
「フィリップ様が、そう望んでいましたので」

 へなちょこ王族の浮気野郎ではあるが、容姿の対策に関しては一理あったと言えるだろう。
 実際に地味の極致を極めていたアニエスは、夜会に参加してもほとんど声をかけられることもなく穏やかに過ごせていたのだから。
 だが、それを聞いたクロードの眉間に皺が寄っていく。

「ならば、今後はその美しい髪を隠さないでくれ。またドレスも贈るから、それを着て俺と踊ってほしい」
「キノコのためですか」
「……否定はできないな」

 さすがは変態、自分の気持ちに正直だ。
 これはキノコはもぎたて新鮮が一番、ということだろうか。
 おかしな趣味だとは思うが、リスクを背負うのはアニエスなのだから割に合わない。

「ドレスは結構です。殿下の気が済みましたら平民に戻りますので、ドレスが増えても困ります」
「まだ平民なんて考えていたのか。それに、気が済んだらというのは何だ?」
「王族のイメージ調整のためでも女性除けでもないというのなら、気まぐれで珍しいキノコ発生装置を構っているのだと」
 すると、クロードはぽかんと口を開けて固まった。

「何故、そう思う?」
「殿下がキノコに惚れたと言ったじゃありませんか。それに、それ以外に理由が思い当たりません」
「――俺は、君に会いたい。少なくともそこらの御令嬢よりも、君に興味を持っている。……これは、好意には入らないのか?」

「それは、キノコの幻です。殿下が好意を持っているのはキノコであって、私は関係ありません」
 浮いた噂はないとはいえ、さすがは美青年の王族。
 言うことが凄いし、威力が凄い。
 アニエスが感心していると、クロードは大きなため息をついた。

 それに合わせるように、クロードの手袋に小さなキノコが生える。
 褐色の傘を持つキノコは、ヒカゲシビレターケだろう。
 クロードはキノコをむしると、テーブルに並ぶキソウメンターケの隣に置いた。

「……なるほど、わかった。君にとって、俺はそんなものということだ」

「殿下?」
 一瞬目を伏せたクロードは、顔を上げると鈍色の瞳でアニエスを見据えた。


「それなら、女性除けとやらをお願いしたい。知っての通り俺は第四王子だが、王位継承権第二位で独身だ。君の言葉を借りるならば、極上の餌に群がる令嬢が後を絶たない。親しいふりをしてくれれば、だいぶ楽になる。……頼めるかな」

「ですが、女性除けではないと」
「気が変わった」
 こんなところで、まさかの心変わり。
 凛々しいキノコ王子かと思っていたが、やはりあのフィリップと血がつながっているだけはある。
 うっかり感心してしまったが、それどころではなかった。

「大体、何をするのですか? 期間も不明ですし」
「兄上……王太子殿下の婚姻が半年後。そこまでで、どうだ」
「半年後、ですか」
 それが短いのか長いのか、よくわからない。

「ああ。それまでには、かたをつける」
「……かた?」
 キノコの型を作って模型を量産するつもりだろうか。
 変態の思考は理解を超えている。
「気にするな」
 にこりと微笑まれるが、どうにも腑に落ちない。


「内容としては、可能な限り俺と共に過ごすこと。夜会などにはパートナーとして出てもらうし、私的にも会ってもらう」
「ですが。パートナーでしたら、私よりももっと相応しい人が」
「誰?」
 間髪入れない指摘に、少しばかり口ごもってしまう。

「誰って。……上位の貴族の御令嬢とか。もっと美しくて、品があって、可憐な方を」
「そういう、上辺を取り繕った女性の相手に疲れているんだ。――君が良い。それに、君の髪も瞳もキノコも美しい。十分に相応しいと思うが?」
 やはりそこか、キノコの変態め。

「そもそも、私がそのお話を受ける理由がありません」
「俺が例の婚約破棄の場で君を見初めたということなら、『捨てられた』という君への中傷は上書きされるだろう。そうすれば、君の弟や家への影響は減る」

「それでは、私が婚約者に捨てられた女から、婚約者の従兄にすり寄る女に変わるだけです」
「普通に恋人なら、な。俺は、君に運命的なひとめぼれをして、首ったけだと言う。それから、君に婚約を申し込もうとしているが、素気無くあしらわれていると。……これで君がすり寄ったわけではなく、俺が勝手に懸想しているとわかるだろう」

「つまり、契約関係ということでしょうか」




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【今日のキノコ】
ヒカゲシビレタケ(日陰痺茸)
褐色の傘を持つ、シメジに似た小さなキノコ。
俗に言うマジックマッシュルームに属する毒キノコで、麻痺、錯乱、嘔吐などの中毒症状が出る。
「キノコの幻」という言葉に、幻覚ならば自分の出番だと喜び勇んで生えてみたものの、早とちりだった。

キソウメンタケ(「キノコ愛が露骨です」参照)
地面から生えるフライドポテト的な黄色いキノコ。
テーブルの上に並びながら、早とちりしたヒカゲシビレタケを慰めている。
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