【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

25 ひとめぼれで首ったけ



「久しぶりだね、アニエス」

 夜会の会場であるワトー公爵邸に到着して馬車の扉を開けると、鈍色の瞳の美青年が満面の笑みで出迎えてくれた。
 前回を踏まえてある程度予想できたとはいえ、さすがに動揺を隠せない。

「……どこの世界に、いち伯爵令嬢の到着を待って出迎える王子がいるんですか」
「ここにいるよ。早く会いたかったから仕方がない」
 クロードが差し出した手を取って馬車から降りるが、あんまりなことを言うものだから手袋に淡い黄褐色のキノコが生えた。
 傘全体に鱗片がついているスギターケが三本、仲良く手袋に並んでいる。

「ああ、今日は黄褐色か。さすがに毎回ドレスと同じ色が生えるわけではないんだな」
 じっくりとキノコを見ると、むしり取って隣に控えていたモーリスに渡した。
 これは保管しておくためか、あるいは買い取り額の査定をするのか。
 発言内容を考えると、ドレスと同じ色だとキノコポイントが高いのかもしれない。

 ……キノコポイントって、何だろう。
 駄目だ。
 アニエスもキノコの変態に毒されている気がする。


 小さなため息に反応するように、クロードの反対の手袋に薄紫色のキノコが生えた。
 細長い棒状のキノコは、ムラサキナギナタターケだろう。
 クロードの「ドレスと同じ色」という言葉に反応したのか、アニエスの「ドレスと同じ色だとキノコポイントが高い」という考えに反応したのか。
 何にしても、最近本当にキノコの感度が上がり過ぎだと思う。

「そのドレスもとても似合っているよ、アニエス。桃花色の髪にもよく映える」
「……ありがとうございます」

 今回仕立てられたのは、ムラサキナギナタターケとそっくりの薄紫色のドレスだ。
 フィリップ仕様でも薄紫色のドレスを作ったことはあるが、同じ薄紫でもかなり系統が異なる。
 あちらがくすんだ色なら、こちらは花畑を模したような華やかさだ。
 薄い生地を何層にも重ねたドレスは、ふんわりとして可愛らしい。

 それに合わせるように髪にも薄紫色の花飾りをつけ、耳飾りも同様に花を模したものだ。
 ちらりと覗けば、クロードの胸に飾られた花もまた、薄紫色。
 アニエスとお揃いにしているのは間違いなかった。

「あの、殿下」
「クロード、だろう?」
 手を引かれながらにこりと微笑まれ、アニエスは既に疲労を感じ始めた。

「……クロード様。ドレスを用意していただかなくても結構です。それに、何も色を合わせなくても」
「俺がアニエスにドレスを贈りたいし、同じ色を身に着けたいんだ。何せ、俺は君にひとめぼれで首ったけだからな」
「確かに、そういう設定ですが」

 それにしたって、どれだけ真面目に取り組んでいるのだ。
 クロードは王子なのだから、出迎えはさすがにやりすぎだと思う。
 表情を曇らせるアニエスを見て、クロードが楽しそうに笑っている。

「俺が桃花色の髪の御令嬢にひとめぼれで首ったけだと、既に噂を流してある。会場では、アニエスも少しは親し気にしてくれよ」
「何故、わざわざそんな噂を。一緒にいれば十分ではありませんか」
「何せひとめぼれで首ったけだからな。他の男を牽制しないと気が済まないんだ」
 クロードはそう言って、会場の扉をくぐった。



 公爵家主催の夜会というだけあって、会場は沢山の人で賑わっていた。
 それがクロードとアニエスの登場で、水を打ったように静かになる。
 息を呑むような沈黙の中、クロードは気にする様子もなくアニエスを連れて進んで行く。

 地味色装備で目立たずに過ごしてきたアニエスからすれば、この視線は既に拷問に近い。
 目の前のワトー公爵に挨拶をしたはずだが、緊張と混乱でほとんど記憶がなかった。

「……それにしても、殿下が女性を連れて参加されるとは。王太子殿下もお喜びになるのでは?」
「兄上は自分が運命の相手を見つけたので、私はまだかと催促して仕方なかったのですが。幸運にも、私も運命に恵まれたようです」

 クロードは公爵相手でも、契約を真面目にこなしている。
 確かに公爵に伝えることでかなりの影響があるだろうが、契約終了後のことを考えるとあまりアピールしない方が良いのではないだろうか。

 それに、話の流れとはいえ『運命』という言葉を使われるのは、少しばかり不愉快だ。
 何せ、アニエスはその『運命』によって公開婚約破棄されたのだから。
 モヤモヤとしてしまい、少しうつむく。
 多くの視線にさらされたせいもあって、何だか疲れてしまった。
 それに気付いたらしいクロードは早々に挨拶を切り上げると、アニエスを連れて庭の方に出た。


「……疲れた?」
 石造りのベンチに腰掛けると、クロードが気遣うように問うてきた。
 まだ夜会に来て、挨拶をしただけだというのに、何だか申し訳ない。

「いえ。今まで、あんなに視線を浴びることがなかったもので。すみませんでした」
「いや、いい。俺も浮かれすぎた。飲み物を持ってくるから、少しここで休んで」
「ありがとうございます」

 花紺青の髪を見送ると、アニエスは大きなため息をついた。
 クロードの女性除けという役割を担う以上は、こうして夜会に出掛けることも多くなるだろう。
 いちいち疲れていては身が保たないとは思うが、地味に生きてきたので慣れるまでは苦労しそうだ。


「――上手く殿下に取り入ったものね」
 声と共に、いつの間にか五人ほどの女性にベンチを取り囲まれる。
 色鮮やかなドレスに、華やかなアクセサリー、隙のない化粧。
 どれをとっても馴染みがないアニエスとしては、そばにいるだけで疲れそうな面子だ。

「……クロード様のことですか?」
 一応確認してみると、一気に女性達の表情が曇った

「あれだけの恥を晒しておいて、よく人前に出られますわね。さすが、平民出の方は違いますわ」
 まあ、公開婚約破棄をされたら、普通は人目を憚るだろう。
 それと平民であることは関係ない気がするが、アニエスが平民育ちなのは知られているので、文句を言いたいだけなのかもしれない。

「殿下の優しさに、勘違いなさらないでくださいませ」
 するわけがないし、優しさというよりは利害関係の一致だ。
 何なら、キノコ農家と消費者と言っても良い。

「そんな髪色だから、目についただけですわ」
 確かに、この髪は目立つ。
 フィリップの指示通りに髪をまとめていた時には、ここまであからさまに絡まれることはなかった。
 やはり、この点に関してはへなちょこ王族が正しいようだ。

「あなたなんて、クロード様のお遊び程度の相手でしかないのよ」
 それは嘘だ。
 アニエスの身分と容姿を鑑みれば、遊びのお相手だとしても不足だろう。
 ……キノコと遊ぶという意味でなら、確かに遊び相手なのかもしれないが。

「そうよ。ちょっと見られる顔をしているからって、調子に乗らないことね」
 おや、一人だけ少し優しい。
 普通に『調子に乗るな、ブス』でいいと思う。
 この辺りは、育ちの良さが影響しているのかもしれない。
 まあ、本当に育ちが良いのなら、一人を大勢で囲まないか。

「ちょっと、何とか言ったらどうなのよ。不吉な髪色の、平民が!」
「――それは、誰のことだ」




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【今日のキノコ】
スギタケ(杉茸)
ささくれた鱗片を持つ、黄褐色の傘のキノコ。
体質によって中毒を起こすし、酒と一緒に食べると悪酔いする。
アニエスに「夜会ではお酒に気を付けろ」というメッセージを伝えるべく生えてきた、お節介キノコ。

ムラサキナギナタタケ(紫薙刀茸)
薄紫色の細い棒状のキノコ。
無味無臭で美味しくないので、ほとんど食用にされることはない。
「ドレスと同じ色のキノコ」という天の声に導かれ、ニョキニョキと生えてきた。

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