【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

30 キノコの変態とキノコのブローチ

 

とにかくその場を離れるために一番近くの店の前に行くと、そこは宝飾品の店のようだった。
 宝飾品と言っても庶民が集う街中なので、そこまでの高級品ではなく、宝石が入っていても手が出せる程度の値のものが大半だ。
 とはいえ、これから平民生活に備えるアニエスには縁のない店である。
 そのまま次の店に行こうとするが、何故かクロードがその場から動かない。

「……どうかしましたか?」
 じっと食い入るように見つめる先にあるものに気付いたアニエスは、思わずため息をついた。
 指輪や髪飾りの間に埋もれるようにして、それはあった。

「キノコ、ですか……?」
 クロードの視線の先にあったのは、紺色のキノコの形のブローチだった。
 紺色の傘にはいくつかの斑点があるが、それが全て小さな宝石でできている。
 宝石による水玉模様なんて可愛いとは思うし、キノコの形も丸みを帯びて愛らしい。

 とはいえ、それを美青年が目を皿のようにして見ているのは、どう考えてもおかしい。
 店主も同じ考えだったようで、恐る恐るといった様子でクロードに近付いて来たが、隣のアニエスを見ると安心した様子で息を吐いた。

「男前のお兄さん、彼女へのプレゼントかい? 随分熱心に見ているね」
「いや、素晴らしい造作だな。特に傘の描く曲線と、ちらりと見えるヒダのバランスが完璧だ」
 アクセサリーとしてではなく、キノコの造形について褒められることも稀だろう。
 店主は困惑の表情でアニエスに助けを求めてきた。
 商人を引かせるとは、キノコの変態の力はすさまじい。


「……ええと、クロード様。そのブローチが気に入ったのですか?」
「アニエスはどう思う?」
「水玉模様が可愛いな、とは思いますが」
 その言葉に先に反応したのは、店主の方だった。

「お嬢さんには、こちらはどうだい? 同じキノコのブローチで、ピンク色。可愛いだろう?」
 そう言って取り出したのはピンク色の傘に宝石の水玉模様のキノコのブローチだ。
「あ、可愛いですね」
 思わずそう呟いて、すぐに自分の失言に気付いたが、すでに遅い。
 ちらりと隣に視線を移せば、クロードの瞳がキラキラと輝いていた。

「店主、このブローチを貰えるか。こちらの、青い方も」
「お兄さん見る目があるね。このブローチはウチで一番の値打ちものだよ。何と言っても、斑点の部分は全部宝石だからね」
 そう言って提示された額は貴族御用達の宝飾品に比べれば安いとはいえ、なかなかの値だった。

「クロード様がつけるんですか?」
 美貌の王子がキノコのブローチをつけていたら、ちょっとした混乱を招く気がする。
「まさか。ひとつはアニエスにプレゼントするよ」
 ひとつはつけるのか、と心の中で突っ込みながらも、アニエスは首を振った。

「だったら、私の分はいらないです。お値段だって結構しますし」
 これ以上クロードにお金を使わせるわけにはいかないと止めると、クロードよりも先に店主が唸った。
「よし、わかった! 美人なお嬢さんのために一肌脱ごう。これでどうだ!」
 店主が提示した金額は、かなり値引きされている。

「では、二つ貰おう」
 間髪入れずにそういうと、クロードは店主に金貨を手渡した。
 いつの間にかアニエスとクロードの周囲には人垣ができていて、値引きをした店主と即決で購入したクロードへの謎の賛辞で盛り上がっている。
 人垣から何故か拍手で見送られながら、アニエス達は屋敷へと戻った。



「何だったのでしょうね、あれは」
 屋敷まで無言で歩くのもどうかと思うので疑問を口にする。
 いつの間にあんな人垣ができたのかわからないが、恥ずかしすぎる。

 あれだけ人目を集めたのなら、恐らく貴族にも話が届く。
 桃花色の髪という時点でアニエス一択な上に、クロードは変装もせず偽名を使ってもいないので、話が広がればすぐに第四王子その人だとばれるだろう。

 つまり、クロードの『ひとめぼれで首ったけ』作戦通りということか。
 どうやら、時間がないのにアニエスと出掛けたいと言っていたのは、早めに噂を広げてしまいたいということのようだ。

「アニエスが綺麗だから、人が集まったんだろう」
「は?」
 思わず、貴族令嬢らしからぬ声が漏れてしまい、慌てて口を押さえる。
 何を言い出すのだろう、このキノコの変態は。

「それを言うなら、クロード様のお顔が注目を集めたんだと思います」
「俺の顔で? どうして?」
「どうしてって。これだけ綺麗な顔の、格好良い男性がいたら、誰だって見ます」
 当然の意見を言ったのだが、クロードは何だか楽しそうだ。

「そうか。アニエスは俺のこと、格好良いと思ってくれるんだ」
「え? ――わ、わざとですね!」
 格好良いと言わせるために誘導されたのだと気付いて、腹立たしいやら恥ずかしいやらで頬が熱を持ち始めた。
 同時にクロードの右手の手袋に空色の小さなキノコが生えた。
 恐らくソライロターケだが、今はそれどころではない。

「ひとめぼれの相手に褒められるというのは、嬉しいものだな」
「そ、それは、クロード様が!」
 クロードが美青年なのは紛れもない事実だし、別に問題ないはずなのに、何故こんなに恥ずかしいのだろう。
 アニエスの収まらぬ鼓動に反応したのか、クロードの左手の手袋に濃い青色のキノコが生えた。

 こちらはコンイロイッポンシメージか。
 ……何で青いキノコばかり生えてくるのか、不思議だ。
 クロードのブローチに触発されたのだろうか。

「大体『ひとめぼれで首ったけ』作戦は、人目がある時でないと意味がありませんよ?」
「作戦、ねえ。……牽制の意味では、そうだけれど。本当の作戦の方は、人目がない方が都合がいいかな」
「はい?」
 よくわからない返答に首を傾げたところで、ちょうどルフォール邸の前に到着した。




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【今日のキノコ】
ソライロタケ(空色茸)
空色の小さな傘を持つキノコで、毒の有無は不明。
傷付いたり触れると黄色に変わる、繊細なキノコ。
クロードが青いキノコのブローチを買ったので、自分がモデルなのだと主張している。

コンイロイッポンシメジ(紺色一本占地)
濃い青色の傘を持つキノコ。
毒はないらしいが、色が色なので食べてはもらえない。
黄色に変色するソライロタケよりも、自分がモデルに相応しいと主張している。

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