【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章
32 コミュニケーションの方向性がアレです
「あ、ええと。ここからはちょっと秘密なので……」
「アニエス」
どうにか帰ってもらおうと口を開いたところに、クロードが手を握ってきた。
ポン、と勢いよく左手の黒い手袋に黒い漏斗型のキノコが生える。
クロラッパターケだと思うが、手袋の色と似ているので趣味の悪い手袋の装飾にも見えなくもない。
そう言えば、先日も今日も簡素なシャツ姿なのに、手袋はしたままだ。
多少ちぐはぐな気もするが、そのあたりは王族だか騎士だかのポリシーなのかもしれない。
「俺達は親しい間柄だろう? 教えてくれる?」
「『ひとめぼれで首ったけ』は、今は関係ないですよね。それに、聞いてもつまらないと思いますよ」
やんわりと否定すると、クロードはアニエスの手を両手で包み込むように握りしめた。
当然のように、白いキノコがポンポンと生えていく。
またオトメノカーサかと思ったら、ほとんどの傘が放射状に条線が入っている。
どうやらイヌセンボンターケらしいが、それにしたって多すぎる。
白くて小さな傘のキノコが所狭しと生えた結果、クロードの右手の手袋にはキノコの山ができ、手袋の黒が見えないほどだ。
「君のことなら、知りたい。……教えてくれないなら、手を離さないよ?」
鈍色の瞳に見つめられ、にこりと微笑まれる。
いい笑顔だが、これは脅迫ではないのか。
ポン、と一際大きな音と共に腕に小さな紅色のキノコが三本一気に生えると、クロードの意識がそちらに移るのがわかった。
確かニオイコベニターケだが、肉がもろくボロボロになりやすいのを知っているらしく、クロードがチラチラと視線を送って気にしている。
……これ、ただ単にキノコを沢山生やそうとしているだけではないだろうか。
良かった。
今日もキノコの変態は、変態のままだ。
おかしな理由ではあるが、安心したアニエスはうなずく。
アニエスの意志を汲み取ったクロードは手を離すと、早速キノコをむしり取ってはポケットに入れている。
もちろん、ニオイコベニターケは特に慎重にもぎ取っていた。
やはり、効率よくキノコを収穫したかっただけらしい。
シャツの襟に先日の青いキノコブローチを見つけたアニエスは、どこまでもキノコな王子にあきれるばかりだ。
「それで、工夫って何?」
すべてのキノコをむしり終えたクロードに尋ねられ、アニエスは小さく息をついた。
「精霊の祝福を貰います」
「祝福?」
「私には隣国の血が流れているのですが、そのおかげで桃花色の髪と精霊の加護を持っているんです」
竜の血を引く王族が統べるヴィザージュ王国の隣国は、精霊の加護が厚い国と言われている。
亡き父が隣国の出身のため、アニエスもまた精霊の加護を持っていた。
「精霊に話しかけて薬草に祝福を貰えば、希少価値のある薬草に変化させることができるかもしれません。そうなれば、買取価格も跳ね上がるので。……ちょっと。いえ、だいぶずるいのですが」
「なるほど」
精霊の存在自体すら否定的な人が多いのに、クロードは素直に感心している様子だ。
「……気味が悪くありませんか?」
わかってはいても、否定の言葉は心を削る。
不意打ちを食らうくらいならばさっさと受け止めようと切り出すと、不思議そうに首を傾げられた。
「まったく。寧ろ、凄いことだろう? 是非見たいな」
――まずい、墓穴を掘った。
クロードは興味津々という眼差しをアニエスに向けており、とても素直に帰ってくれるとは思えなかった。
「でも、あの……笑わないと、約束してくださいますか?」
「もちろんだよ」
美青年の微笑みのパワーが凄い。
こうなったら仕方がないと腹を括ったアニエスは、近くの薬草を引っこ抜くと両手で持って、深呼吸をした。
「精霊さーん! 元気ぃー?」
幼児に話しかける様な渾身のハイテンションでアニエスが声をかけると、周囲にふわりふわりと光の玉が三つほど現れる。
淡い光を放つそれは、アニエスに挨拶するように顔の前に来ると、次いで手に持った薬草に興味を示した。
「はーい、皆さん、こんにちは! 今日はお願いがあるの。この薬草に、ちょっと祝福が欲しいんだけど、どうかなー?」
耳に手を当て、返事を待つジェスチャーをすると、光の玉はゆっくりと点滅をし始める。
もちろん声は聞こえないが、アニエスは「何故?」と聞かれたような気がした。
「平民として暮らすのには、何かとお金が必要なの。もちろん働くつもりだけど、お部屋を借りるにもお金がいるんだよ? それでね、精霊さんの祝福を貰った薬草は、すごーく高値なのね。……高値、わかる? とっても人気ってこと!」
光の玉は先程よりも早く点滅して「わかるよ」と意志を伝えてくる。
あるいは、人気という言葉に喜んでいるのかもしれない。
「本当は森から採って来たかったけれど、今は無理なので畑で作ったの。ほんの少しでいいから、祝福、くれるかなー?」
光の玉は楽しそうにくるくるとアニエスの周りを飛ぶと、やがて薬草の上にぴたりと止まった。
緑色だった葉がゆっくりと色を変え、やがて全体が橙色に染まった。
「はーい、ありがとー! まったねー!」
手を振るアニエスの言葉に応えるように数回瞬くと、光の玉はどこかに消えて行った。
精霊の祝福を貰えたことに安堵して息を吐くと、クロードの方に振り返る。
ぽかんと口を開けたままの美青年は、アニエスに倣うようにため息をついた。
「……思っていたものと、違うな」
クロードが言いたいことは、何となくわかる。
アニエスだって見せたくはなかったし、かなり恥ずかしい。
もっとふんわりと美しく、幻想的な感じなら良かったのかもしれないが、現実はこんなものだ。
言葉で会話をするわけではないのでわかりやすさを追求した結果、対幼児のハイテンションお姉さん口調になってしまった。
一度これで成立してしまうと、変えることでコミュニケーションが成り立たなくなるのではと心配になり……今日に至る。
アニエスはお願いをしたのであって、精霊側から拒否されることだってある。
人間同士で頼みごとをするのと何ら変わりはないのだ。
ただ、頼みかたがアニエスの疲労を伴う、というだけで。
「幻滅させてしまい、申し訳ありません。はたから見ていると、ひとりではしゃいで気味が悪いですよね。フィリップ様もそう言って嫌がりました。なので、しばらく呼びかけもしないようにしていたのですが」
平民生活の資金調達のためだから、仕方がない。
だが、それまでは驚く様子が強かったクロードの表情がみるみるうちに曇っていく。
そんなに不愉快だったのかと思うと、何だか少し悲しくなった。
「……フィリップには、見せたことがあるのか?」
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キノコ増量中です。
【今日のキノコ】
クロラッパタケ(黒喇叭茸)
黒い漏斗型をしていて、ラッパの様な見た目のキノコ。
別名「死のトランペット」だが、ヨーロッパでは日常的に食べられていて、スープに入れると美味。
……ネーミングがおかしいと思う。
アニエスの意思を汲み、一曲演奏してクロードの気を逸らそうとしたが、キノコなので音が出なかった。
オトメノカサ(「大切な人だから」参照)
小さな乳白色の傘を持つ、恋バナ大好き野次馬キノコ。
今日も乙女な気配を逃さない。
「手! 包み込まれた!」と絶叫しているが、キノコなので声は出ない。
イヌセンボンタケ(「でも、ドレスがありません」参照)
白色~薄い灰色で傘を持つ、ホワイトチョコのアポ〇な見た目のキノコ。
特技の「群生」を買われ、乙女な気配を盛り上げるべくオトメノカサに引っ張り出された。
ニオイコベニタケ(匂小紅茸)
紅色の傘を持ち、乾燥していると粉状の質感で、湿気があるとヌメリ出すキノコ。
毒の有無は不明だが、肉がもろく、一般的には食べない。
カブトムシの様な独特の臭いがするらしいが、それを食べる勇気はない。
オトメノカサに「差し色が欲しい」という理由で連れ出された、巻き込まれ型キノコ。