【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章
41 竜の血とキノコの変態
安堵のため息をつくと、気が緩んだせいか再び体が震え、同時に打ちつけた体の痛みも戻ってきた。
「クロード様は竜の血を濃く引いていますので、その分だけ恩恵を受けています。体はかなり頑丈ですから、心配はいりませんよ」
キノコを見てそわそわと落ち着かないクロードに代わり、モーリスが説明してくれる。
「竜の、血」
にわかには信じられない話だ。
だが、精霊の光が見えたり木箱の下敷きになっても無事だったりと、普通ではない様子を既に見ている。
なので竜の血などというおとぎ話のような話も、すんなりと耳に入った。
「……遠い存在、ですね」
王族という時点で既に遠い存在ではあるが、キノコの呪い状態のアニエスとはレベルが違う気がする。
「そんなことはない。同じ人間だ」
そうは言っても、竜の血を引く王族で見目麗しく優秀なクロードと、平民育ちの偽令嬢でキノコを生やすアニエスが同じだとは思えない。
これだけ特殊な人間がいるのならば、番などというよくわからないものも、本当にあるのかもしれない。
「それよりも、顔色が悪い。本当に大丈夫なのか?」
「これは……両親の事故を、思い出したので……」
その言葉を口にしただけで、手が震える。
恐らく馬車と散乱する荷物を見たせいで、鮮明に思い出してしまったからだ。
もう平気になったと思ったのに、少しのきっかけでこんなに簡単によみがえってしまう。
震えを抑えるように反対の手を乗せて握ると、クロードがその上に自身の手を重ねる。
黒い手袋は焼け焦げていて、所々肌が見えていた。
恐らく、男の火の魔法を振り払った時に焦げたのだろう。
「とりあえず、休もう」
うなずいて立ち上がろうとするのだが、上手く力が入らない。
するとクロードは手を離し、次の瞬間にアニエスを抱え上げた。
「――は? な、何を」
「モーリス、おまえも片付けに回れ。あの男達は片付けが終わり次第、拘束しろ」
キノコの山の方を見ると、護衛の男性指揮で男達は木箱の残骸とキノコと砂を片付けている。
アニエスが視線を送ると、キノコ帽子の男の腕にカエンターケが生え、他の二人の男にもカエンターケが生えた。
さすがに食べないだろうから死にはしないと思うが、あのままでは皮膚がただれるだろう。
「あの――」
「――帽子の回収も、忘れるな。それと、あいつらに生えている赤いキノコには触れないように」
「承知しました」
モーリスは一礼すると、キノコの山へと向かって歩き出す。
「クロード様、カエンターケが」
「生えているだけで死にはしない。その程度の罰は受けてしかるべきだ」
「でも」
混乱するアニエスに構わず、クロードはすたすたと歩きだす。
これはいわゆる、お姫様抱っこというものではないのか。
クロードは王子様なので、まさしくお姫様気分と言いたいところだが、現実には恐れ多い上に恥ずかしすぎる。
「クロード様、歩けますから。おろしてください」
「そんな顔色で何を言っても、聞かないよ」
アニエスの訴えをばっさりと切り捨てると、クロードはそのまま歩き続ける。
重いからおろしてほしいと言いたいが、麗しい見た目でもさすがは騎士。
アニエスを抱く腕は力強く、重くてフラフラで辛そうという雰囲気は感じられない。
この状態で重いだろうからおろせというのは、力がないとクロードを否定することになるのだろうか。
いや、だが仮にも王子にこんなことをさせるのは良くない。
ぐるぐると考えがまとまらぬうちに別の通りに入ると、噴水の近くのベンチに降ろされた。
アニエスから離れる手を思わず掴むと、クロードが目を瞠った。
「どうした?」
「手袋がボロボロですし、火傷をしているのではありませんか?」
焦げた手袋の間から肌が覗いていたが、気のせいでなければ赤い部分があった。
炎で手袋が焦げたのなら、赤いのは火傷だろう。
すぐに手当てをした方がいい。
だが、アニエスの言葉に慌てた様子で手を引くと、左手を背後に隠してしまった。
「大丈夫だ。さっき見ただろう? 俺は頑丈だから、心配ない」
「……はい」
そう言われてしまえば、うなずくしかない。
クロードはアニエスの左隣に座ると、優しくアニエスの頭を撫でた。
「あの男達はアニエスを狙ったんだろう?」
「薬草のことを言っていましたし、髪色で確認されました。……やはり少し納品の回数が多すぎたみたいです。お手数をおかけしました」
「店に行く時は呼ぶように言ったが、何故待てなかった?」
「それが、例の熱さましの紫色のキノコ……ネツサガールが生えたもので」
「――何? ど、どこだ?」
「いえ。もうお店に納めました」
「……そうか」
クロードは子供の様にそわそわしたと思ったら、がっくりと肩を落とした。
「そんなに、欲しかったのですか?」
「もちろんだ! あの美しい花弁のような傘、深みのある紫色は他のキノコでは見られない。特に珍しいのは、肉の色とのバランスが……」
今日もキノコの変態は、キノコ愛に溢れている。
珍獣を見守る気持ちで眺めていると、クロードは視線に気付いたらしくキノコ話を止めた。
「いや、キノコは素晴らしいが……俺を待ってからでも良かっただろう?」
この様子では、クロードと一緒にいたらキノコを奪われかねない気がする。
寧ろ、間に合わなくて良かったと思ったが、口には出さないでおく。
「ちょうどお店は午前中だけで、昼から店長は数日隣町に行くところだったので。キノコも何だか萎れていく気がして、急ぎました」
「タイミングが悪かったな。……でも、間に合って良かった。あいつらはアニエスを攫うつもりだったんだろう」
「この髪、高価なんですね。もっと早く知っていれば」
「……どうするつもりだ」
訝し気に問われ、アニエスは目を瞬いた。
「売りますよ、当然」
平民生活の資金を稼げて、厄介な髪を目立たなくできるのだから、これこそ一石二鳥ではないか。
だが、クロードは深いため息と共に、アニエスの手を握ってきた。
ボロボロの手袋に黒いキノコがいくつか生えたおかげで、肌は見えなくなる。
ビロード状の傘はオオクロニガイグーチ、黒褐色のひらひらとした形はキクラーゲだ。
共に黒っぽいのは、以前に黒い手袋に黒いキノコは目立たなくていいとアニエスが思ったせいだろうか。
何だかキノコの感度が上がっているとは思っていたが、キノコに意思が通じているようで不思議な気持ちになる。
「絶対に、やめてくれ。どうしてもと言うのなら、俺が買う」
真剣に訴えるクロードの眼差しに、アニエスは目を瞠った。
「……クロード様はキノコだけではなくて、髪の毛にも手を広げているんですか」
キノコの変態だとは思っていたが、守備範囲が意外と広い。
そして、全然共感できない。
「それは違う。俺はキノコ一筋だ」
断言する様はさすが美青年という格好良さだが、言っている内容がろくでもない。
アニエスの心に反応するように赤いベニテングターケが生え、クロードの手袋は一気に毒々しい色合いになった。
それを見たクロードの目が輝きを増したが、今度はキノコへの愛を語るのを我慢したらしい。
意外と空気の読める変態である。
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【今日のキノコ】
カエンタケ(「素が出ました」参照)
燃え上がる炎の形の赤い猛毒キノコ。
致死量は数グラムで、触れるだけでも毒素が吸収される、毒キノコ界の重鎮。
アニエスのトラウマを引き出した男達に、お仕置きのために生えた。
「殺しはしない」と言っているので、皮膚の炎症で許してあげるらしい。
ネツサガール(「どれだけキノコが欲しいのですか」参照)
解熱作用を持つチョレイマイタケの変異種の、紫色のキノコ。
そんなものはないので、架空のキノコ。
今日も誰かの熱を下げている。
オオクロニガイグチ(「たぶん、キノコ狩りです」参照)
黒褐色のビロード状の傘と、紅変&黒変の技を持つ、変身キノコ。
アニエスを助けてくれたお礼にクロードの手袋の穴を塞ぐ、義理堅さを持つ。
キクラゲ(木耳)
黒褐色のひらひらした形の、食用キノコ。
そのまま食べても乾燥しても良し、食感の優秀さが自慢。
オオクロニガイグチに誘われ、クロードの手袋を華やかにしようと、精一杯ゼラチン質をプリプリさせている。
ベニテングタケ(「赤いキノコが生えました」参照)
赤地に白いイボを持つ、絵に描いたような見た目の毒キノコ。
クロードの「キノコ一筋」という言葉に感銘を受け、キノコ代表としてお礼を言いに生えてきた。