【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

42 昔の話

「……顔色が少し戻ったな」
 そう言われれば、胸を覆いつくすような不安も、体の震えも落ち着いている。
 時間が経ったのもあるが、他愛もないキノコの変態話をしたことで少し気が紛れたのかもしれない。

「ご両親は、馬車の事故で亡くなったのか」
「はい。私と両親と伯母が乗っていました」
「伯母?」
「ルフォール伯爵夫人です。私の母はブノワ・ルフォール伯爵の妹でした」



 十一歳のあの日、アニエスの家にやって来た伯母の馬車に、両親とアニエスは乗った。

 

どこに行くのか聞いたかもしれないが、憶えていない。
 だが、伯母が遊びに来ることも、伯母の家に遊びに行くこともそれほど珍しいことではなかった。
 だからその日も、ルフォール邸でケヴィンと遊べるのだと思い、アニエスはうきうきしながら車窓を眺めていた。


 次に記憶があるのは、暗い馬車の中だ。
 体のあちこちが痛くて起き上がるのも大変だったが、どうにか立ちあがると馬車の中の光景がおかしい。
 どうやら横転したらしいと気付き、両親と伯母がいないことに言い知れぬ不安がよぎった。

 椅子をどうにかよじ登り、天井に移動してしまった扉を開けようと取っ手に触れると、光が弾けて取っ手が壊れた。
 そのまま扉を開けて外に出たアニエスが見たのは、地獄だった。

 二台の馬車が横転していて、積んでいたと思しき木箱が辺り一帯に散乱している。
 そこにあったのは見慣れたドレス、だらりと垂れた腕、地面を這う血溜まり。
 さっきまで一緒に馬車に乗っていた両親と伯母の、変わり果てた姿だった。



「その後、伯父……ルフォール伯爵に助けられ、養女に迎えられました」
「……そうか。大変だったな」
 心からそう言ってくれているのがわかったので、アニエスはぎこちないながらも笑みを返す。

「前後のことは忘れているのに、散乱する木箱や馬車を見ると、思い出してしまって。……本当は、馬車にもあまり乗りたくないんです」
「……だから、か」

 クロードは何かに納得したように重くうなずくと、アニエスの左手を握りしめる。
 すぐにクロードの腕に鮮やかな赤い傘のキノコが生える。
 血を連想させるドクベニターケから、思わず視線を逸らしてしまう。
 未だにこれなのだから、自分でも嫌になる。

「つらい思いをしたんだな。……よく、頑張った」
「いえ。父と弟が、とてもよくしてくれました。馬車に乗れるようになったのも、家族のおかげです。本当に、心から感謝しています」

 当初は馬車を見るだけで震えて泣き出していたアニエスを、辛抱強く慰めてくれた。
 おかげで、今では馬車にも乗れるし、木箱を見ても取り乱すようなこともない。
 アニエスにとって二人は、家族というだけではなく、恩人でもあるのだ。

「姪とはいえ、平民の子供です。修道院に入れても良かったのに引き取ったばかりか、とても優しくて。少しでも報いたくて、伯爵令嬢として恥ずかしくないようにと、一生懸命勉強しました。でも、生粋のお嬢様にはとても及びませんし、キノコは生やすし、この髪のせいで迷惑をかけているのもわかっています」

「キノコも髪も、君の素晴らしい魅力のひとつだよ」
 クロードの慰めは、ずっと家族にも言われていることだ。
 嬉しいしありがたいとは思うが、アニエスの負の特徴で迷惑をかけていることは事実で、二人の言葉を素直に受け入れることは難しかった。


「だから、せめて恩返しをしたくて、フィリップ様の縁談をお受けしたんです。王族が妻に選んだとなれば、少しは家の評判を落とさずにいられるかもしれないと思ったので」
 それすらも公衆の面前で婚約破棄という、およそ考えられる中でも一二を争う最悪な方法で失ってしまった。

「フィリップの方の評判が悪くて、上位貴族から相手にされなかったのだとしても?」
「それでも一応王族で、国王の甥であることには変わりありません」
「……だから、フィリップに従っていたのか? 君の綺麗な髪を隠し、地味なドレスを着せていたといっていただろう。他にも、気味が悪いだの何だのと」
 眉根を寄せて不服そうな様子に、何だかおかしくなってアニエスは苦笑した。

「確かに多少理不尽なこともありましたが、概ね当たっていましたから」
「というと?」
「私の髪は珍しくて嫌われていましたから。見た人は不愉快になるとか、淑女は大人しい色合いのドレスを選んで、婚約者のそばにいるべきとか」
 アニエスが説明すると、クロードの眉間の皺が更に深くなっていく。

「それのどこが当たっているんだ。――君の髪は美しい。まるで春の花畑のようではないか」
「クロード様はキノコの変態ですが、お優しいですね。でも、この国で桃花色の髪が好まれていないのは事実です。平民として暮らしていた時にも、色々ありましたし」

「色々、とは?」
 怪訝そうな顔でこちらを見るクロードからは、アニエスを心配する気持ちが伝わってくる。
「色々です。もう昔のことです」

「……つらい思いをしてきたんだな」
 だからそんなに気にしなくていいという意味で言ったのだが、クロードの表情はかえって曇っていく。
 あまりにも悲しそうな姿に、アニエスの方が申し訳なくなり、慌ててしまう。


「あ、いいえ、その。色々と言っても、別に悲観的なものばかりではないので、ご心配には及びません」
「どういうことだ?」
「大人には嫌われる色でも、子供は風習など気にせずに見てくれることも多くて。色が色なので、恋のおまじないに聞くとか何とかで、結構高値で売れたり」

「売ったのか?」
「一本ずつだったので、一人や二人ならあげました。ただ、それなりの人数になったので、オークション形式で競り落としてもらうことにしたんです」

「オークション……」
 これが結構盛り上がったのだが、盛り上がり過ぎて両親の知るところとなり、かなり怒られた。
 なので、桃花色の髪争奪オークションは、一回きりの開催だ。

「精霊の加護があるから恋愛に効くとか言われて、女の子には人気でしたよ」
 思えば髪色は嫌われていても、髪自体には需要があったということだ。
 髪を商品としてとらえていれば、もう少し早く資金稼ぎができたと思うと、少しばかりもったいない気もする。

「……そうか」
「それに、あんまりしつこく嫌がらせをしてくる相手には、ちょっとお灸を据えてやりましたし」
 よくわからないと言った顔で首を傾げるクロードは、元の美貌も相まってかなり可愛らしい。

 黙っていればとてもキノコの変態だとは思えないのだから、もったいない。
 それとも、美貌の王子が変態というギャップがいいのだろうか。
 ……いや、やっぱり変態は遠慮しておきたい。

「……クロード様は、竜の血を継いでいるんですよね?」
 せっかくの機会だから、少し聞いてみたいことがあるのだが、答えてくれるだろうか。


=======================


【今日のキノコ】
ドクベニタケ(毒紅茸)
鮮やかな赤い傘を持ち、輪を描くように並んで発生して菌輪(フェアリーリング)を形成する、メルヘンなキノコ。
胃腸系の中毒症状を起こす毒キノコで、匂いはないが味は辛い。
……キノコの勇者は何でもかんでも食べ過ぎだと思う。
アニエスが血を連想したので赤いキノコとして生えてきたが、視線を逸らされて切ない。
< 42 / 55 >

この作品をシェア

pagetop