【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章
44 父が毛根を狙っています
「クロード様との契約が終わったら、領地に行きたいのですが」
帰宅したブノワの部屋を訪ねてそう切り出すと、盛大なため息を返された。
「……まずは座りなさい、アニエス」
上着を脱いで使用人に渡すと、ブノワはソファーに腰かける。
それに倣って、アニエスもブノワの向かいに腰を下ろした。
「最近、色々とお金を稼いでいるようだが、あれは旅費かい?」
どうやら、薬草販売の件はバレているらしい。
それ以前にもドレスを売っているし、侍女のテレーゼと一緒だったので、筒抜けでもおかしくはない。
「旅費兼、生活費です」
「王都ではなく、領地に行きたいというのは?」
「王都の家に残っていては、ケヴィンの結婚の邪魔になります。この髪では使用人に混じるのも難しいですし。領地ならある程度地理的なものもわかりますし、一人で暮らすにも安心かと思いまして」
正直に答えると、ブノワは困ったように頭を掻く。
「まず、領地まで第三者と一緒に馬車に乗る時点で厳しいだろう? それに、一人暮らしということは領地の屋敷に行くわけではないということか? どうやって生活する気だ?」
「当面の資金は集めました。お針子として生計を立てたいので、まずは弟子入りか雇ってもらうのが目標です。いくつか候補の店も目星をつけています。この髪も売れるとわかりましたし。生活が安定するまでは薬草で頑張ろうと思っています」
アニエスの話を聞いていたブノワは段々とうなだれていき、終いに頭を抱えている。
「どうしてそう、行動が早いのかな」
「ありがとうございます」
「褒めていないよ。それに、髪が売れるって何だい?」
それを聞くということは、ブノワも知らないのか。
アニエスは得意気に胸を張った。
「通りすがりの人攫い兼強盗さんに聞いたのですが、どうやら周辺の国では、桃花色の髪は高値で取引されるらしいのです。これは素晴らしい情報です」
「待って待って。通りすがりの人攫い兼強盗って何だい?」
「特殊なキノコが生えたので売りに行ったところ、絡まれました。やはり、高値の商品を納めるのは気を付けないといけませんね」
「そこじゃないよ、アニエス。いつの話だ、大丈夫だったのかい?」
いつ、と言われると定かではないので、困ってしまう。
「この間……です。強盗さんには帽子を取られてキノコ帽子になりましたが、クロード様が来てくださったので。キノコはもぎ取られましたが、帽子は無事です」
あの後、帽子にこんもりと生えた白いキノコをもぎ取るクロードは、それはそれは眩い笑顔だった。
何をしているのかを見なければ、その横顔に女性達も黄色い声を上げること間違いなしだと思う。
……何をしているのかを、見なければ。
「帽子とキノコはどうでもいいよ、アニエス。……まあ、無事だから良かったものの」
疲れ切った様子のブノワは、軽く咳払いをした。
「おまえが貴族に相応しくあろうと努力したのを、私達は知っている。家族に迷惑をかけないように気を使っているのも、わかっている。フィリップ様との婚約も、家のために承諾したのだとわかっている。……だが、おまえは私の娘で、ケヴィンの姉だ。もっと我々を頼って、甘えてくれていい」
ブノワは立ち上がるとアニエスの隣に座り、ゆっくりと頭を撫でた。
「あんな目に遭ったのだから、フィリップ様にキノコテロを仕掛けようと誘ってくれてもいい。何なら、毛根に直接菌糸を送り込んで、もぎ取ってやればいい」
ケヴィンが「フィリップはげろ、毛根もげろ」と言っていたと教えてくれたが、あれは本当だったようだ。
しかも、ブノワはまだフィリップの毛根を狙っているらしい。
何故ピンポイントで毛根を狙っているのかはわからないが、それだけアニエスのために怒ってくれているのだろう。
「フィリップ様の毛根ごときのために、お父様の手を煩わせるつもりはありません」
アニエスが笑うと、それにつられるようにブノワも微笑み、もう一度頭を撫でた。
「何にしても、おまえは私の大事な娘だ。どこにもやらない」
それは静かな声だったけれど、強い意思が込められているのがわかった。
きっと、ブノワはアニエスが家を出ることを許可しない。
ある程度予想していたとはいえ、本当にアニエスに甘いと思う。
「それでは、行き遅れのごく潰しコースですね」
「アニエスがそれを望むのなら、いつまででもこの家にいてくれていい。……おまえのすべてを受け入れ、労わり、大切にしてくれる人が現れるまでは、な」
「そんな都合のいい人は、いませんよ」
上位貴族の深窓の御令嬢で美少女だというのならばともかく、現状のアニエスは負の財産しか持っていない。
平民生まれで平民育ち、嫌厭される桃花色の髪に、精霊の加護という名のキノコの呪いまでついている。
「わからないぞ。世の中は広い。もう出会っているかもしれないな」
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ブノワとお話し中のため、本日はノー・キノコデーです。
またのキノコをお待ちください。