【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

49 信じていたのに

 

 思わずフィリップに視線を向けると、クロードと同じ鈍色の瞳と目が合った。

「運命の相手。……おまえが、そうなのか?」
 真剣な様子で尋ねられ、反射的に首を振った。

「いいえ。そんなことは聞いていませんし、違います」
 運命のキノコになら出会っていたようだが、アニエス自身は関係がない。
 否定の言葉を聞くと、フィリップの表情が少し和らいだ。

「だろうな。おまえがクロードに会ったのは半年前だ。あいつの言葉を借りるなら、ひと月以上も一緒にいてわからないはずがない」
「どういうことですか」
「あいつが言っていただろう。(つがい)に出会うと証が現れると」

 確かにそんなことを言っていた気がする。
 あれは、フィリップが公開婚約破棄をして、クロードが助けてくれた時のことだ。
『竜の血により、番を得た者はその証が現れる』と言ってはいたが、実際のところ何がどうなるのかはよくわからない。

 少なくともフィリップには証は現れておらず、その理由を竜の血を引いていないからだと言っていた。
 ということは、竜の血を引くクロードならば、番に出会えば証とやらが現れるのは間違いないのだろう。


「一年前にクロードと剣の手合わせをしたんだが、あいつが手袋を交換する時に、手の甲に変な黒いあざがあるのを見た。その時はただのあざだと思っていたが、この間それを王太子殿下に聞いてみたんだ。証とは、手に出るのかと」

 手の甲にあざと聞いて、以前ボロボロの手袋から肌が見えていたことを思い出す。
 あの時は火傷だと思ったが、あれがもしかすると証なのだろうか。

 手当てをしないのか聞いても大丈夫とクロードは言っていた。
 てっきり竜の血により頑丈だから手当てはいらないという意味だと思っていたが、そもそも火傷ではなくあざだったという可能性もあるのか。

「王太子殿下はハッキリと肯定しなかったが、否定もしていない。たぶん、俺が継承権を持っていないから話せないのだろう」
 フィリップは忌々しそうに唇を噛んでいる。
 プライドだけは高いフィリップにとって、自身が竜の血を引かないと認めるのは不本意なのだろう。

「俺がクロードのあざを見たのが一年前。その時点で、クロードには証が出ている。……つまり、既に魂の伴侶がいる。クロードはそいつと一緒になる」

 フィリップの言っていることが正しいのなら、その通りだろう。
 クロードは正しく竜の血を引く、王位継承権第二位の王子だ。
 運命の相手、魂の伴侶である番を見つけたら、それ以外の相手を愛することはない。

「今、おまえに構っているのは、単なる気まぐれだ。おまえはただの偽物で、用済みになるんだ、アニエス」

 そんなことは、わかっている。
 アニエスはあくまでもキノコ生産装置であり、女性除けとして一緒にいるのだ。
 全部、契約だし、演技だ。 
 わかりきったことなのに、改めて突き付けられると、何故か心が重い。


「……だから、俺の元に戻れ、アニエス。」
「――は?」
 何を言うのかと思えば、冗談にしても質が悪い。

「ふざけないでください。運命の人を見つけたからと婚約破棄してきたのは、誰ですか」
 思わず睨みつけると、フィリップは少したじろいで視線を泳がせる。
「お、おまえはもっと淑やかで大人しかっただろう。俺が本来のアニエスに戻してやる」

「だから、ふざけないでください。大体、本来の私なんて、フィリップ様は知らないじゃありませんか」
「おまえは俺の言うことを信じて、地味にしていればいいんだ。そうすれば、余計な男から声をかけられない」
 必死な様子で叫ぶフィリップを見て、妙な違和感にアニエスは眉を顰めた。

「――え? ……地味にするのは、この髪色で悪目立ちしないためだと」
「そうだ。おまえの髪と顔を見て目を付けられないように、地味な恰好をさせた」

 ……何だろう、今までのフィリップと何か違う。
 何かが、噛み合っていない。

「嫌われる色だから、隠したのですよね?」
「そうだ。そう言って、隠させた」
「……違うのですか?」
 フィリップは気まずそうに視線を逸らすが、やがてぽつりぽつりと呟き始める。

「……確かに、一定数本気で嫌っている人間はいる。だが、大半は何となく嫌厭しているだけだ。そんな奴らに見せる必要はない。おまえの髪を見るのは、俺だけでいい。……だから、目立って目を付けられないようにしたんだ」

 やはり、何かが違う。
 今まで信じていたものと、何かが決定的に違う。
 放置できない違和感に、アニエスは恐る恐る口を開いた。


「それはつまり、私の……ルフォール家のためではないのですね?」

「おまえのためだ。おまえが俺以外を見ないために、必要だったんだ」
「……何ですか、それ」

 今までずっと、忌み嫌われる髪を隠しているのだと聞いていた。
 それはアニエス自身とルフォール家が悪く言われないためだと。
 だからそれを……フィリップの言葉を信じていた。
 へなちょこ感漂う勘違い浮気野郎でも、それだけは信じていたのに。

 ――結局、へなちょこ王族の勘違い嘘つき浮気野郎なのか。

 信じていたアニエスが、馬鹿みたいだ。
 落とした視線をあげる瞬間、床に白い傘のササクレシロオニターケが見えた気がした。
 いっそフィリップに生えてしまえばいいのにと思いつつ、諸悪の根源を睨みつける。

「さようなら、フィリップ様。もう関わらないでください」



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【今日のキノコ】
ササクレシロオニタケ(「話しかけないでください」参照)
白い傘に白いイボを持ち、柄にささくれがある毒キノコ。
全身美白したベニテングタケという見た目。
フィリップを警戒中の監視キノコ。
ついにアニエスの枷が外れ、長年フィリップを保護していたノー・キノコ枠が消滅したことを、全キノコに緊急通達した。
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