【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章

53 竜紋の真実

 

 クロードが白い手袋を外すと、左手の甲に赤いあざのようなものがある。
 よく見ると、それは何かの模様のようだった。

「これが、竜紋(りゅうもん)と呼ばれるものだよ」

 ――本当に、証があった。
 これが浮かんでいるということは、(つがい)が存在するということだ。
 現実をまざまざと見せつけられて、さすがにショックを隠せない。

 アニエスの心に呼応するように、ミミブサターケの山の横に白いキノコが生えた。
 白い傘に白いイボのキノコは、ササクレシロオニターケだろう。
 そう言えばフィリップにキノコが生えまくる直前にも姿を見たが、偶然だろうか。
 もしも偶然ではないとしたら、クロードにもキノコが押し寄せるのかもしれないと気付き、慌てて心の中でキノコに語りかける。

『クロード様は悪くないから、いじめないで。お願いだから』

 この行為に意味があるのかはわからないが、クロードの口の中にドクササーコがやってきたりしたらと思うと、怖くて仕方がない。
 何が悲しくて、好きな人に一ヶ月持続する陰茎の激痛をお見舞いしなければいけないのだ。
 アニエスは小さなため息をつくと、頭をキノコから切り替えた。
 

「番を見つけると、浮かんでくるのですよね。フィリップ様は、一年前に手のあざを見たと言っています。その頃には、番がいたということでしょう?」
 自分の傷に塩を塗り込むような確認をすると、クロードは何故か首を振った。

「それだけど、アニエスは少し勘違いをしていると思う。……まあ、フィリップのせいだし、訂正するわけにもいかなかったが」
「どういうことですか?」

「アニエスは、番を見つけると浮かんでくると言っただろう? あれは半分当たりで半分間違い。竜紋は、生まれた時から存在しているんだ」
「え?」
 意味を理解できず、アニエスはぽかんと口を開けたままだ。

「生まれた時点で竜紋は黒く、番を見つけると赤くなるんだ」
「黒から赤に、変わる……?」
 そういえば、フィリップは黒いあざと言っていた。
 だが、クロードの竜紋は赤い。
 確かに、色が違う。

「昔、竜の血も今よりずっと濃い頃は番を見つけるとすぐに赤くなったし、そもそも番を一目で見分けたらしい。だが、今では初対面ではわからないし、赤くなるのにも時間がかかる」
 では、本当に色が変化するのか。
 俄かに信じ難い話ではあるが、木箱の下敷きになっても無傷だった人間なのだから、色が変わるくらいのことは起こるのかもしれない。

「兄上の竜紋が赤く染まるのには、二十日ほどかかった。だから、ひと月あればわかるはず、と言ったんだ」
 なるほど。
 具体的な期間を言えたのは、実際に王太子の竜紋の色の変化を見ていたからなのか。


「俺の竜紋が色を変え始めたのは、アニエスに会った舞踏会の夜だ。ほんの少しだが、明らかに色が違う。あの日に初めて会ったと言えるのは、アニエスとバルテ侯爵令嬢くらいだった」

 そう言われてみれば、アニエスはクロードに会ったことがない。
 端くれとはいえ王族で、従弟のフィリップと婚約していたのに。
 不思議ではあるが、きっとクロードが忙しかったのだろう。
 もしかするとフィリップが何かしたのかもしれないが、今更なのでどうでもいい。

「俺は、アニエスにもう一度会ってみたかった。フィリップのせいで恥をかかされたのに、堂々と言い返す姿。なのに儚く涙を流す姿。世にも稀なる美しいキノコ。どれも気になった。でも、アニエスは舞踏会や茶会に誘っても断っただろう?」

 というか、気になったのは世にも稀なる美しいキノコだろう。
 やはり、運命の相手は赤い菌糸で結ばれたキノコではないのだろうか。
 キノコの山の隣に座っている美貌の王子を見つめつつ、うなずく。

「貸したハンカチを返されて、アニエスに会いたいという気持ちが一気に増した。どうにか連れてきて欲しいと招待した舞踏会で会えて、心が浮き立った。その夜、竜紋は完全に赤く染まっていた」
 そこまで言うと、クロードは鈍色の瞳でアニエスをじっと見つめた。


「――アニエスが、俺の番だ」


「……え?」
 呆けるというのは、こういうことかもしれない。
 何を言われたのかわからず、鈍色の瞳を見つめ返すことしかできない。

「アニエスが、俺の番なんだ」
「……あの赤いキノコですか?」
 確か、艶がいいとか何とか絶賛していたが。

「だから、キノコじゃなくて、君自身。アニエス・ルフォールだ」
 まっすぐに見つめられ、アニエスは混乱する。
「でも、黒髪の女性が。庭で……」

「黒髪で、庭……。ああ、彼女はワトー公爵令嬢。王太子妃殿下の妹だ。男性に絡まれていたから助けたんだが、その時にアニエスを紹介してほしいとせがまれたんだ。何でも髪色が好みらしいよ。大声で俺の番なのかと言うから、口止めしていたけれど……それを、ちょうど見たのかな」

 アニエスはうなずきながら、クロードの言葉を反芻する。
 紹介してほしいというのは、アニエスを牽制するためだろうか。
 クロードの方はともかく、女性の方は好意があるのかもしれない。

「誤解させたならごめん。でも、彼女は番じゃない。彼女は二年前くらいに初めて会っているし、もちろん竜紋は何の反応もなかった」
 まっすぐにアニエスに向けられた瞳からは、嘘は感じられない。
 ということは、黒髪の女性は番ではないのか。


「アニエスを招待した舞踏会の翌日、俺はすぐにルフォール伯爵にアニエスとの婚約を持ち掛けた」
「ええ?」
 思わず声を上げ、慌てて口を押さえるアニエスを見て、クロードが苦笑している。

「だが、断られたよ。フィリップとの婚約がまだ正式に解消していなかった。それ自体は数日で解消されるけれど、婚約破棄のごたごたでアニエスは傷付いたばかりだ。しかも俺は王族。また番云々では、アニエスがあまりにもかわいそうだと言われた」

 ということは、キノコへのプロポーズの翌日にはブノワに会いに来たのか。
 クロードのまさかの行動力に、驚かされるばかりだ。
 本来、王族であるクロードの要請ならば、ブノワが断るのは不敬とさえ言える。
 それでもアニエスのためにすぐには承諾しない優しさに、胸が温かくなるのを感じた。

「番のことは、基本的に王族の竜紋が出た者と番くらいしか知らない。番という言葉自体は一般的にも知られているが、選定に関しては曖昧だからな。胡散臭いと思われても仕方がない。……ただ、俺の熱意は信用して、チャンスをくれた。平民になろうとするアニエスを止めたいというのもあっただろう」
 確かに、ブノワならばその可能性がある。
 父も弟も、アニエスが平民に戻って生活するのを止めようとしていたから。

「伯爵は条件を守って過ごした上でアニエスが俺を好ましく思ってくれたら、その時には許す、と言ってくれた」
「条件、ですか?」

「ああ。伯爵からの条件として、番のことは話さない。俺が馬車で送迎するのは禁止。あくまでもアニエスが承諾しないと会えないことになった」

 確かに、クロードは迎えに来たことはないし、帰りも馬車まで送るだけだった。
 だいぶ平気になったとはいえ、馬車に乗るのは緊張する。
 そこにクロードまで一緒なら、緊張で気分が悪くなりそうだ。
 ブノワはそれを危惧したのかもしれない。


「番のことは言えないとしても、好意を伝えることはできた。だが、君はあの騒動のせいですっかり疑心暗鬼で、とても素直に受け入れてもらえるようには見えなかった。……キノコは生え続けていたしな」

 クロードはキノコが生えるのを喜んで、キノコを生やそうとしていると思っていたのだが、どうやらキノコが生える意味をちゃんと理解していたらしい。
 心から安心して穏やかな状態ならば、キノコはそうそう生えないのだから。

「俺に興味がないのもわかっていたし、王族であるからと嫌厭しているのもわかっていた。だから、契約を持ち出したんだ。とにかく会わなければアニエスに俺を知ってもらえないし、口説くこともできないから」




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いよいよ、次話で「キノコ姫」も完結です。
また、「今日のキノコ」のまとめページを作りました。
最終話と同時に公開予定です。


【今日のキノコ】
ミミブサタケ(「運命の赤い菌糸、ですか」参照)
赤褐色で、ウサギの耳のような形をしている珍しいキノコ。
「クロードの話を聞いて」とアニエスに訴えるために生えてきた、お節介キノコ。
沢山生えて、むしり取られた後、ベンチでキノコの山になりながらアニエスを見守っている。

ササクレシロオニタケ(「話しかけないでください」参照)
白い傘に白いイボを持ち、柄にささくれがある毒キノコ。
全身美白したベニテングタケという見た目。
アニエスを泣かせたクロードを警戒中の、監視キノコ。
何かあれば緊急速報を出そうとしていたが、アニエスのお願いを受けて大人しく見守っている。

ドクササコ(「邪魔者は、消えますから」参照)
黄土褐色の中央がへこんだ傘を持つ猛毒キノコで、攻撃の陰湿さに定評がある。
「陰茎激痛罪」を執行するために、フィリップの口の中に特攻を仕掛けて殉死した、勇猛果敢なキノコ。
でも、アニエスが呼べば普通に生えてくる。

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