【1/2 英語版③巻オーディオブック発売・電子先行③巻発売中】竜の番のキノコ姫 ~運命だと婚約破棄されたら、キノコの変態がやってきました~ 第1章
7 ハンカチはお返しします
「……は?」
唖然とした顔というのは、こういう表情なのだろう。
「な、何故ですか?」
「平民に戻るつもりなので、必要のないものは処分しました」
唖然とした顔には上位互換が存在したらしく、青年はもはや顎が外れそうである。
「さすがに王家の方も参加する舞踏会に、質素なワンピースというわけにはいきません。なので、辞退いたします」
「でも……まだ三日ありますから、今から仕立てれば何とか」
「これから平民に戻るのに、わざわざドレスを仕立てるなんて無駄です」
不敬だと言われるかもしれないが、こちらにだってこちらの理由があるのだから仕方がない。
「そもそも、一体何故私が招待されるのですか? 婚約破棄に関しては父が対応しますし、もう王族と関係はありませんが」
「いや、その件ではなくて、話を」
「何の話ですか?」
「……それは、直接殿下に聞いていただけると」
言葉を濁す青年を見て、ふと思い当たることがあったアニエスは席を立った。
「こちらをどうぞ」
部屋から持って来た白いハンカチを差し出すと、青年は眉を顰めた。
「殿下のハンカチを悪用されてはいけませんよね。お返しいたします。お心遣いに感謝いたしますとお伝えください」
王族同士の後始末とはいえ、少し慰められたのに。
要は、ハンカチを利用してクロードに迫らないか、心配になったのだろう。
未婚の王子には貴族令嬢が群がっているから、ハンカチひとつでも面倒なことになりかねない。
そういう女だと思われたわけだ。
フィリップが駄目ならと、他の王子に行くような女だと。
正直むかむかするが、もう関係がないのだから忘れよう。
勢いに押されて受け取った青年は、困惑の表情を浮かべている。
うっかり指先に触れてしまったせいで、肩にアカモミターケが生えている。
淡橙黄色の傘が二つ並んでいるのは気になるが、本人には見えないだろうから、まあいい。
二つのキノコがぶつかって傷がついたらしく、橙朱色の乳液が服を汚しているが、まあいい。
「そちらをお持ちになって、どうぞお帰り下さい」
アニエスはさっさと立ち上がると、そのまま退室した。
何故クロードがアニエスを招待するのかはわからないが、使いを正式に訪問させるのだから、また来る可能性が高い。
触らぬ神に祟りなしという言葉があるが、まさに触らぬ王族に面倒なし。
こうなったら、家に迷惑をかけないためにも早急に王都を離れるべきだ。
アニエスは残りの生地でスカートを作るべく、自室へと急いだ。
「アニエス。王家の使いが来たらしいね」
夕方に帰宅したブノワに開口一番にそう言われ、アニエスはうなずいた。
お茶を飲みながら事の次第を伝えると、ブノワの眉間にはどんどん皺が寄っていく。
「……それは、断るのも不敬ではないのかな」
「公衆の面前で浮気相手を紹介され、婚約破棄を叫んで人を偽物呼ばわりし、傷物にしたのは王家です。難ありで引き取り手がなかったフィリップ様との婚約を受け入れたのに、あの仕打ち。不参加くらい大目に見てほしいです」
伯爵令嬢ではあるものの生まれと育ちが平民であるアニエスと、端くれとはいえ王族に名を連ねるフィリップ。
普通ならば、縁談が持ち上がることもなかっただろう。
だが、フィリップとその母には色々と難があった。
まず、フィリップは結婚と同時に王族から外れると決まっている。
この時点で、上位貴族は娘を出すのを渋った。
それでも伯爵位を継ぐ予定なので、王族と縁があることを加味すれば、悪い話ではない。
だが、フィリップはわがままな子供のようなところが多く、一言でいうと面倒臭い。
フィリップの母は王妹だが、降嫁したのに出戻っているあたりからわかるように、面倒臭い。
伯爵位と王族との縁故よりも面倒が勝った結果、アニエスに行き着いたわけだ。
「それとも、晒し者にしたいのでしょうか。これ以上ケヴィンに影響が出る前に、人々の記憶から消え去りたいのですが」
「だが、違う王子からの招待なんだろう? 話があると言うなら、一度行ってみたらどうだい」
「私は話なんてありません。それに、ドレスもありませんし」
「……なんでアニエスはそんなに行動が早いのかな」
「思い立ったが吉日と言いますから。それに、フィリップ様のおかげで地味色しかないので、どちらにしてももう着ません」
フィリップがアニエスの髪や服装を目立たぬようにと要求していたのは、ブノワも知っているのでうなずいている。
「地味にする理由がアレだったから目をつぶっていたけれど。……せっかくだから、新しく仕立てようか」
「ですから、いりません。もう、体調不良だとお父様からも伝えてください。不治の病で寝たきりでもいいですから」
「街をウロウロしているのだから、それは通じないだろう。おまえは目立つから」
確かに、桃花色の髪は人目を引いてしまうし、平民生活の資金を稼ぐ関係で外出も多い。
「……では、数日我慢して大人しくしますから」
本当に家のためを思うのなら、舞踏会で晒し者にされて王族を満足させた方がいいのかもしれない。
だが、さすがにこれ以上の恥を晒すのは、アニエスでもつらい。
ブノワは大きなため息をつくと、うなずいた。
「わかったよ。私だって、大事な娘を無下に扱われるのはごめんだ。……では、舞踏会の日までは外出しないようにね」
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【今日のキノコ】
アカモミタケ(赤樅茸)
淡橙黄色の傘を持ち、見た目は椎茸と平茸の間で「ああ、食べられそう」という感じ。
うま味があるけれど、ぼそぼそしているらしい。汁に入れたい。
傷がつくと橙朱色の乳液が出るらしいので、見てみたい。