李世先輩は私のことを知り尽くしている?
「ん、李世?なにしてるの?」
李世先輩の背後から、このギスギスした空気に合わない涼やかな声が響く。
声をかけてきたのは、キレイな女の人だった。
サラサラな黒茶のロングヘアに、ぱっちりくっきりとした瞳と二重。
身長もスラッと高くて、まるでモデルさんみたい。
そして両の手には、おいしそうなクレープが1つずつ握られていた。
……もしかしてこの人が、ウワサの李世先輩の彼女さん?
ふいの出来事に、李世先輩の私をつかむ力が、わずかに緩む。
江真くんはその瞬間を見逃さず、私の肩を引き寄せて、李世先輩の手をはらった。
「今のうち!行くよ、陽茉!」
江真くんに背中を押されながらも、私は李世先輩の方を振り向く。
「陽茉ちゃん!!」
そう叫ぶ李世先輩の顔つきは、真剣で必死だった。
まるで、魔王につれていかれるお姫様を、行かせまいとする勇者みたい。
江真くんがどんな人なのか、初対面の李世先輩は全く知らないはずなのに。
――どうしてそんな表情を浮かべているの?
どうしてそんなに必死に、私に構ってくれるの?
一人の友人として?
でも、こんなの傍から見たら、江真くんが言っていたみたいに……嫉妬してるように思われても、おかしくない。
この場面を静観している李世先輩の彼女は、なにを思っているんだろう。
……きっと、口に出さないだけで、怒っているよね。
あんなにステキな彼女さんを、悲しませるなんて。
李世先輩の行動一つ一つが、うまく飲みこめない。
……今、私にとって分からないのは……得体が知れないのは……
――李世先輩の方だ。
「……私なんかより、彼女さんを大切にしてあげてください」
どうにか李世先輩にそう言うと、その場に立ち尽くす先輩を尻目に、前を向く。
そのまま振り返ることなく、江真くんと一緒に広いショッピングモールを駆けた。
……李世先輩という敵から逃げるように。