李世先輩は私のことを知り尽くしている?
「……江真くん、ごめんなさい」
私は江真くんの手から逃れるように、両手を自分の太ももあたりに添えながら、頭を下げる。
「……は?」
しばらくして顔を上げると、江真くんはよほど驚いたのか、目を丸くしたまま硬直していた。
「ごめんなさいって……え?」
やがて、「信じられない」というような表情のまま、せきを切ったようにまくし立て始める。
「陽茉、どういうこと?朝、オレと一緒にいるのが楽しいって言ってくれたじゃん!」
「……うん。江真くんと一緒にいるの、楽しいよ」
「じゃあ、なんでダメなんだよ⁉オレ、なんか気に障るようなことした⁉」
「してないよ。江真くんは、ずっと私を大事にしてくれたと、思う」
「……納得がいかない。オレを振る理由はなに⁉」
江真くんは顔を真っ赤にして、声を荒げる。
その形相に私は委縮してしまいそうになりながらも、ギュッと拳に力をこめて、江真くんを見すえた。
「……江真くん、無理してるよね?」
「……え?」
「た、確かに、私は楽しかったけど。江真くんは私と一緒にいて、楽しいよりも、無理してる方が強いんじゃないかって、感じるの」
江真くんの頬に、つうと一筋の汗が伝う。
そう。
江真くんが細やかに私を気遣ってくれているおかげで、会話も盛り上がったし、寄り道するのも楽しかった。
でも、その気配りは、意識して作られたものなんじゃないかって、感じて仕方なかったの。
一週間程度ならなんてことないだろうけど、この先ずっと続けるとなると、きっと器量のいい江真くんにとっても、負担になる。
……それにね。
江真くんのファンの女の子たちに囲まれた時、私がとっさに心の中で助けを求めたのは、江真くんじゃなくて、李世先輩だった。
そのことに気づいてから、私は冷静になって、ずっと考えたの。
――お前なんかに……陽茉ちゃんを傷つけようとしているやつに、この子は渡せない!
必死に訴えていたあのときの李世先輩の言葉は、本当に江真くんを貶めるためのデタラメだったのかなって。
李世先輩と出会ってから、約三か月。
私はまだまだ先輩のことを知らないんだって、痛感することばかりだ。
でも、先輩は自分のために他人を悪く言うような人じゃない。
それだけは、確かだ。