李世先輩は私のことを知り尽くしている?
「す、すみません!」
私が頭を下げると、李世先輩は軽く首を横に振る。
「いやいや、気にしないで。そっくりだねって言われながら育ってきたから、彼女と勘違いされる日がくるなんて、思いもしなかったなあ」
「本当に、すみません……。お姉さん、美人さんですね」
「あはは、姉に伝えておくよ。――だからね、陽茉ちゃん」
「は、はいっ!」
「俺、絶賛彼女募集中だから。覚えておいて」
「は、はい……」
晴れやかで甘い、李世先輩の笑顔がまぶしい。
恥ずかしくて、つい目を逸らしてしまう。
とくんとくんと、自分の胸が高鳴っているのが分かった。
李世先輩に彼女がいないってことに、ほっとしてるだけじゃない。
私は、喜んでいるんだ。
「そういえば俺たち、連絡先も交換してなかったね。こんなに一緒にいるのに」
「そ、そうですね」
「今更だけど、これ、俺のID。登録したらメッセージ送ってね」
「わ、わかりました!」
李世先輩は制服のポケットから一枚のメモ用紙を出して、私に手渡した。
ただの紙切れなのに、李世先輩の書いた文字がそこにあるだけで、かけがえのない宝物のように感じられる。
……李世先輩に彼女がいると聞いてから、ずっと心の奥に閉じ込めていた想い。
抑圧されていた気持ちが、解き放たれていく。
私にとって李世先輩は……いつの間にか特別な存在になっていたんだ。
李世先輩もきっと……多分だけど、私のことを少しは特別に感じてくれているんじゃないかな。
そう考えると、言葉では言い表せない、心を焦がすような熱が体全体にせりあがってくる。
心臓の音が、加速していく。
昂る感情に身を任せてしまいそうになる中、一筋の不安がほとばしる。
その正体に気づいた途端、じわりと広がって、熱を打ち消す。
――李世先輩は私のことを、たくさん知っている。
そしてその上で、私を受け入れてくれている。
でも、私の方は、どうだろう。
「彼女がいる」という根も葉もないウワサに踊らされてしまうくらい、李世先輩のこと、何も知らないんじゃないかな。
……このままじゃ、嫌だ。
私ももっと、李世先輩のことを、知りたい。
そしてなにより、私の気持ちを、自分の口から伝えられるようになりたい。
スクールバッグごとお弁当を落とした時も、体育の授業の時も、自然教室の時も。
わたわたと慌てたり、言葉を詰まらせる私が言いたかったことを、李世先輩がピタリと当ててくれた。
つまり、私が先輩に直接伝えられたワケじゃない。
「あ、あのっ……!」
「ん?」
勇気を出せ、私。
つぼみちゃんが心配な一心で、崖を下り降りられたくらいなんだから。
今の私なら、できるはず。
「——私、李世先輩のこと、もっと知りたいです。李世先輩が、私のことを知ってくれているように」
李世先輩は、目を見開いた。
やがて、先輩の薄い唇が、わずかに動く。
「わかった」
……でも、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。
「……ごめん、陽茉ちゃん。もう少しだけ、俺に時間をくれる?」
そう告げる李世先輩は、本当に苦しそうで。
私は「わかりました」と、急いでうなずいた。
でも、その反面。
――李世先輩は、何を言えずにいるんだろう……?
そのことが、気になって仕方なかった。