李世先輩は私のことを知り尽くしている?




「――古瀬くんか?」





「その通りです」



古瀬くんは三日月のような笑みを浮かべたまま、うなずく。





「髪を上げると、ずいぶん雰囲気が変わるんだな」


「ふふ、どうも」


「……でもなぜ、こんなことを?」


「実験ですよ。菊里先輩のヒミツを暴くためのね」






一歩俺に歩み寄ってきた古瀬くんの言葉に、自分の表情筋が引きつったのがわかった。



……動揺を悟られてはいけない。





「そういえば、前にもそんなことを言っていたな」


「ええ、あの時はなんとなくそう感じただけでしたけど。たった今ようやく、確証を得ることができましたよ」


「へえ、言ってみなよ」





古瀬くんはますます俺に近寄って、耳元でささやく。





「菊里先輩って……人の心の声を聞きとれるんじゃないですか?」





俺はすぐに笑い飛ばした。





「はは、あり得ないだろ、そんなこと」


「そうですか。じゃあ、もしこんな状況になったら、どうします?――蓮井さんの姿が見当たらない。蓮井さんの行方は僕だけが知っている。でも、僕が口を割ることは無い。唯一の方法は、僕の心を読むことだけ」





反射的に、俺は古瀬くんの胸ぐらをつかんでいた。




「それ、『もしも』の話なんだろうな?」


「はい、今のところは。……でも、菊里先輩の返答次第で、現実になるかもしれませんね」





コイツ……分かり切っている。



心を読めるなんて非科学的な指摘は、いくらでも誤魔化せる。

だったら、心を読まざるを得ない状況を作ればいいということを。



そして古瀬くんには、それが成し得てしまうのではないかという、得体の知れない恐ろしさがあった。


大事なのは、俺のヒミツか陽茉ちゃんの身の安全か――もちろん後者だ。


俺は大きくため息をついた。

降参ととられても、仕方ないだろう。





「それを知って、どうしたいんだ?周りにバラすのか?」


「いえ、そんなことしませんよ。僕は単純に、なにか裏のありそうな菊里先輩に興味をもっただけですから。……でも、『心を読める』というのが事実だとわかったことで、新たに気になることができました」





古瀬くんはふらふらとその場を歩きながら、歌うように告げる。





「心を読めることは、良いことばかりではないのでしょうね。だからこそ、頑なに隠し続けていた。きっと、過去にトラウマなどもあるのでは?蓮井さんに対してどこか奥手なのは、その影響なのでは?」



「……否定はしない」





俺が苦々しく答えると、古瀬くんは前髪のすき間から、恍惚とした表情をのぞかせる。





「だから、僕は知りたい。蓮井さんは『ふつう』の人とは違う菊里先輩を受け入れるのか。菊里先輩は、過去の痛みを乗り越えることができるのか。そのどちらも、僕としては非常に興味深い」


「……俺なんかより、古瀬くんの方がよほど変わっていると思うけど」


「そうですか?僕は、ただ自由に生きたいだけですよ」





わりと本気で引いている俺に対して、古瀬くんはさらりと笑った。


そして、そのままの穏やかな口調なまま、告げる。






「ですから――菊里先輩には今後一切、蓮井さんと接触することを禁じます」
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