李世先輩は私のことを知り尽くしている?
「古瀬くん、私がケンカしてる場面に出くわしたとき、言っていたよね?『女子どもに手は出さない』って」
「なーんだ、そんなこと?あの時は、蓮井さんがあんまりにも震えているから、そう言ってあげただけだよ」
「それだけじゃない。……私が今回、李世先輩を疑わずに済んだのは、先輩と一緒に過ごした時間の積み重ねがあるから。それは、古瀬くんも同じ。古瀬くんとは自然教室以来、なんだかんだけっこう話してきたけど……悪い人だって感じたことは一度もなかった。だから私は、古瀬くんのことも信じてる」
いつの間にか、古瀬くんの表情から笑みが消え去っていた。
「……はーっ……」
しばらく黙り込んだのち、肩を大げさに下げ、わざとらしくため息をついた。
そして、あっさりと壁と古瀬くんとで挟まれていた私を開放した。
「ふ、古瀬くん……?」
「萎えた」
その言葉通り、古瀬くんはすっかり生気が吸われたような、気だるそうな顔をしていた。
まるで、自然教室以前の古瀬くんに戻ったみたいだ。
「最後に、菊里先輩のヒミツ、教えましょうか?」
「ううん。李世先輩にどんなヒミツがあろうとなかろうと、私が李世先輩を好きな気持ちは変わらないから」
そう答えると、古瀬くんはますます肩を落とした。
「……だ、そうですよ、菊里先輩」
「えっ……?」
古瀬くんが懐から取り出したのは、スマートフォン。
そして、李世先輩と通話中になっていた。
ってことは、今までの話、ぜーんぶ聞かれていたってこと……?
「僕が犯人とは露知らず、呑気に相談する様子を菊里先輩に聞いてもらおうと思っていたんですけどね。それじゃ、僕はこれで」
ふらふらと教室を出て行こうとする古瀬くんの後ろ姿に、私は慌てて声をかける。
「あのっ、古瀬くん。また話そうねっ」
返事はなかった。
でも、少しだけ足を止めてくれただけで、私はうれしかった。