李世先輩は私のことを知り尽くしている?
陽茉ちゃんの心の声を聞いた俺には、橘くんの言葉はブラフだということが分かる。
それでも。
たった0・01パーセントでも、その可能性があるのなら。
「……嫌だ」
俺がたった一言、しかし心の奥底から出た言葉を放つと、橘くんは、ふっと表情を柔らかくした。
「やっと白状しましたね。安心してください。オレにとって陽茉は、つい世話を焼いてしまう妹みたいなものですから」
「ずいぶん長い付き合いみたいだからかな?」
「はい。――でもオレは、『妹』を傷つけるヤツは、誰であろうと許さない。もちろん、陸上の一選手として尊敬している、菊里先輩でも」
橘くんの視線が、ひと際強くなる。
『オレの目を見ろ』。
焼けるような熱を放ち、そう訴えかけている。
俺はそれに耐えられず、直視しないようにしていた橘くんの瞳を見つめ返す。
「陽茉を泣かせるようなことをするなよ」
【陽茉を泣かせるようなことをするなよ】
口と心が、完全に一致していた。
実はこれって、そうそうお目にかかれない現象だったりする。
橘くんは、陽茉ちゃんの幼なじみなだけあって、真っすぐな心の持ち主のようだ。
普段の俺なら、ハッキリと答えるのを避けるために、軽口をたたいて誤魔化そうとしていただろう。
でも、彼にそんな返答をするのは失礼だと思った。
「ああ、もちろん」
だから俺は、たったそれだけ発すると、真っすぐ彼を見て、大きくうなずいた。