夏空、蝶々結び。
名無しのユーレイ?
私は拗らせていた。
熱でふらつきながらも、足早に病院の自動ドアを抜ける。
まあ、寝とけば何とかなるだろう――そんな甘い考えでいたせいか、熱は上がり。
ついに夜中、救急病院に駆け込むはめになってしまった。

結果、ただの夏風邪だったのだけれど。
頭も喉も痛い。最悪だ。

(早く帰ろ……)

とは思うものの。
まだ明かりの多い通りだというのに、タクシーが一向に捕まらない。
これくらいなら、少し歩いて公共交通機関で帰れるか……なんて、ケチってしまったのが運の尽き。
一歩も歩きたくないくらい、具合が悪くなってきた。

タイミングが悪いのか、見つけてもタクシーは通り過ぎてしまう。
――果たして、本当にタイミングの問題なのか?

髪はボサボサ、口元には大きなマスク。
眼鏡にすっぴん、服装は酷い。

風邪はおいといても、女子力の欠片も感じられないアラサー女にはタクシーも停まってくれないんじゃなかろうか。
気分が悪いからか、元々ささくれがちな思考まで悪化してきた頃。

「大丈夫、お姉さん? 」

ふと、そんな声が聞こえてきた。

簡単に言うと、遠目で見ても彼はキラキラしていた。
羨ましいほど大きな目は、年下らしい如何にも可愛い雰囲気を作り上げている。

――つまり。

「…………」

無視に限る。

「………ガン無視!? 」

仰る通り。
相手にしたって、からかわれるか馬鹿にされるのがオチだ。
でなければ、こんなイケメンが近所を歩くのすら憚れる格好の女に、声を掛けてくる訳がないではないか。

「……っごほごほ……」

こんなことをしている場合じゃない。
早く家に帰らないと。

「ほら、具合悪そうじゃん。タクシー、呼んであげるから。……ちょっとした条件付きだけど」


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