夏空、蝶々結び。

「俺は知ってるよ。佐々 かなえちゃん」


フルネームで呼ばれてぎょっとすると、もう何度目か馬鹿にしきった様子で見下ろしてきた。


「勘違いするなよ。だっさい社員証見ただけだから」


『あんたの何をどう、好き好んで見るっての?』


……とでも言いたげだった。


「勝手に見るな! そういうあんたは、どこの何様なのよ」


『俺様』なんて言う日には、どうにかして張り倒してやろう。
そう思ったのに、彼は何故か目を逸らしただけだった。


「……さあ、何だったかな。もう長い間、呼ばれてなかったから」


迷惑なほど、近づいてくると思っていた。
こっちのテリトリーには、幽霊であることを活かして入り込んでくるくせに。

彼は拒んでいるのだ。
私に名前を呼ばれるのを。


(……馬鹿みたい)


何を傷ついているのだろう?
自分で腹立たしいくらい、私はショックを受けていた。
適当でいい加減で、軽いこの幽霊は――簡単に教えてくれると思っていたのかもしれない。
何て言ったって、彼は同居人なのだから。

それにしたって、


『自分の名前、忘れる訳ないでしょ? 』


……なんて尋ねる勇気も不躾さも、私はもってはいないのだ。


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