夏空、蝶々結び。
同じフロアにいるうちから、こんなの本当に馬鹿みたいだって思い始めていた。
その間、ロッカーに荷物を取りに行ったりもしたのに、何故かゴンは追ってこない。
追いかける必要がないからか、余程怒っているのか――やっぱり、他の子のところに行こうと思っているのかもしれなかった。
「佐々? 」
最後のドアにカードキーをかざし、ドアノブに手を掛ける。
力任せに引いたつもりが、逆に引き寄せられてしまった。
大澤先輩。
顔を見なくたって、驚いた声とこの時間でも整えられたスーツとネクタイで分かる。
だって、今、多分――ゴンよりも会いたくない人だ。
「……失礼します……! 」
「あ、おい……! 」
『急に具合が悪くなって』
(そんな嘘くらい、サラッと出てこないの)
自分に文句を言いつつどうにかすり抜けると、そんな下手すぎる嘘すら通らないくらいの速度で走っていた。
「お疲れさまでした」
愛想のいい警備員さんを素通りする。
嫌なやつだと思われただろうか。
それでも私は、一刻も早く帰りたくて――なのに、現代社会は理不尽だ。
ただ会社から帰宅するだけなのに、何度もセキュリティを突破しないといけない。
毎日のことなのに、今日は嫌になるくらいびくついてばかりだ。
首から提げたカードを手にする度、ゴンの言葉が蘇っていた。
「私が……」
『ツンツン、ギスギスしてる』
『にこにこされる方が居心地いい』
「……っ、分かってるよ、そんなこと」
でも、できない。
できるものなら――やってる?
(……ううん)
だとしても、仕事はきちんとやるべきだ。
そして、仕事を真面目にこなしても、性格がきついことの言い訳にはならない。
それにやっぱり、ゴンに関係――。
『ねぇよ』
――分かってるよ、そんなの。