夏空、蝶々結び。
「……っ、げほげほ……」
薬を飲むのを忘れていた。
ちょっとした不調から遡れば、長い長い夏風邪。
いつから拗らせていたのかも、よく覚えていなかった。
(……いつから)
こんなふうに、こじれちゃったのかな。
重病ではないけれど、治るのが遅く。
ともすれば、延々続くかのような気怠さ。
恋を楽しんだのは、いつが最後――。
(嘘つき)
覚えている。
実を言うと、今だってときめく心はちゃんと持っているのだ。
それでも敢えて言うのなら――初めて、先輩に会った日。
イケメン。
知りあいのうち誰かをそう呼ぶとしたら、ゴンになるだろう。
でも、初めて先輩に会った時、ただ素直にこう思ったのだ。
(素敵なひとだな)
誰より自分自身に嘘吐きな私が、否定も弁解もせず。自然と憧れを抱くことができた。
これを恋と言うのは、おかしいかもしれない。
『好き』
自信をもってそう言うには、私はちっとも距離を縮めていけず――付き合いたいとか、振り向いてほしいと思うまで想いを強めることすら、できていないのだから。
先輩の近くにいて、ほんのすぐ側を通るとドキドキして。
けれど、胸が苦しいというよりは、甘い雫がぽたぽた落ちて――じんわり広がっていく感じ。
それを片想いと呼ぶには申し訳なく、逆に何だか少し惜しい気もする。
勇気を出せない言い訳だというなら、それまでだけれど。
『よろしく、佐々』
同じ部署に配属された時のような甘い笑顔は、正直にいえばその時くらいのもので。
新人だからって、年下の女だからって甘やかされた訳でもなかった。
だからこそ、嬉しかったのだ。