夏空、蝶々結び。
ほら、見てごらん。
まさか(いろんな意味で)こんな状態の私をどうこうする気はないだろうが。
それにしたって、まともな条件ではない。
そもそも、まともな人が、夜中通りすがりの女に条件を出してくるはずもないし。

「……くしゅっ……た、タクシ……げほっ……」

本当に、今私は皆に見えているんだろうか?
私、消えかけているんじゃ……そう思うほど、車も人もこちらを気に掛けてくれない。

目の前の男を除いて。

「ほんと、ちょっとしたお願いなんだ。ね? 」

「そう言われても、私何も……」

できませんから。
何の得もありませんから、どうか他を当たって下さい。

「いやいや。お姉さんじゃないと駄目なの」

――俺を、一緒に連れて帰って?

夢でも見ているに違いなかった。
そういえば、何日か前にそういうドラマを観た気がする。
いや、この前ダウンロードしたゲームのせいかもしれない。

ともかく、私はとんでもなく恥ずかしい夢を見ているのだ。ついに現実と混同し始めるとは。

(……終わってる、私)

「いやあ、そろそろ、ここにいるのも飽きちゃって。お姉さんに会えてよかった! 」

しかし、意識が戻ることはなく。
男はにこにこと話を続けている。

「一人暮らし? あ、彼氏がいても邪魔しないよ! 大人しくいい子にしてます」

(……どういう夢見てるの)

夢は願望を映すというけれど、これは酷い。あんまりだ。
一応、妄想を現実に持ち込まない自信はあったのだけれど――どうも、気づかないうちに重症化していたようである。

「だから、お願いします。連れてって! 」

見ず知らずの男にぎゅっと手を握られ――不思議な感覚に、振り払うのが遅れた。

(え……? )

熱で朦朧としているからか、本当の本当に夢だからか。
握られた感触も、手のひらの温かさも感じられない。

「そういうのは他の人に……」

違和感は拭えなかったが、こうしてもいられない。
これが現実だというのなら、一刻も早く逃げた方がいい相手だ。

「残念だけど、どうしてもお姉さんじゃなきゃ駄目なんだ」


ネットカフェでも、どこでも泊まってくれ。
心の中で悪態を吐きつつ、どうやって逃げようかと模索していた。

大声を出すべき?
でも、信じてもらえる?
何ていっても、イケメンなのだ。そこは間違いない。
最悪というかわりと高確率で、私の方が誤解されかねない。


「だってあんた、俺が見えるでしょ」


可愛い男の子の演技をやめたのか、とたんに偉そうに言った。
いや、それよりも言っている意味が分からない。


「あんたを逃したら、次いつになるか分かんないし。もういいや、あんたで」


――俺、決めたから。あんたに憑くって。




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