夏空、蝶々結び。
意識が遠くなるのを感じながらも、どうにかタクシーを拾うことに成功した。
「ね、俺のおかげ」
偉そうに言われたが、寧ろ長いお一人様歴の賜物ではなかろうか。
何があろうと、そうそう倒れることはできないのだ。
結局のところ、自分しか自分の世話を焼いてくれないのだから。
「お客さん、この時間の一人歩きは危ないよ。女の子なんだから、気をつけないと」
(……“一人”歩き……?)
「“格好いい彼氏と一緒なんですけど、見えないんですか?” なんて言わない方が身のためだよ。間違いなく、病院に戻ることになるから。あ、その前に乗車拒否かもね」
わざわざ忠告してくれなくても、そんな勇気はなかった。
目を瞑って、ひたすら無言で家に到着するのを待つ。
「ありがとうございました」
タクシーを降り、エレベーターに乗り。
部屋の前まで来ても帰ってくれない自称幽霊を睨んでも、しっかりと見える長い足で私の側に立ったままだ。
「ここまで来たら、もう離れられないよ。諦めな」
安っぽい台詞に腹を立て、その勢いでドアを閉めた。
もちろん、彼を外に出したまま。
「ご近所に迷惑」
なのに、すぐ後ろで注意されるなんて。
体を仰け反らせたまま反応できない私を、彼はふわふわ浮くまでもなく普通に見下ろしている。
「まだ信じてないの」
オートロックなんて、何の防犯になるだろう。
対オバケの防犯設備なんて、この世にありはしないのだ。
「出てって!! 」
百歩といわず果てしなく譲って、こいつが幽霊だとしよう。
彼の話を信じたとして、もういいではないか。
あとはどこへでもお好きなところへ、どうぞ他の――。
「無理」