夏空、蝶々結び。
・・・
「……佐々」
溜息とともに、名前を呼ばれた。
先輩の視線にはずっと気がついていて――それだって、先輩も分かっていただろう。
「俺、朝何て言った? 」
我慢比べはおしまいとばかりに、はっきりと問われた。
ふとカナちゃんの机を見ると、そこは綺麗に片付けられていて主が既に退社したことを物語っている。
「……失礼します」
区切りをつけてきっかり定時で帰るというのは、大事なことなんだろう。
彼女のそういうところは少し呆れるものの、すごいなとも思う。
私は「あとちょっと」を繰り返してぐずぐずしてしまうから、見習わないと。
それに――他に人がおらず、ほの暗くなった執務室で、この視線を感じていたかったのかもしれない。
「そうしろ。でも、その前に」
名残惜しいけれど、確かにずっとこうしてもいられない。
席から立ち上がった時、先輩が咳ばらいをして言った。
「腹減ったから、一個ちょうだい。あれ」
咄嗟に反応できない私に、先輩が首を傾げる。
「え、もう全部食っちゃった? 」
「どんだけ、大食いだと思われてるんですか!! 」
『じゃあ、何でそんなに買うんだよ』
仕事中は見られない笑顔に頬が熱い。
(何でって、それは……)
――だって。
「あの……ありがとうございました」
大量に中身が入った紙袋を抱えたまま、ぺこりと頭を下げ、遅れて唇を噛んだ。
肝心なことは、何ひとつ伝えられていない。
ジュースのお礼はおろか、もしかしたら心配して様子を見ていてくれたかもしれないことも。
「ああ……どういたしまして?」
その中から、ひとつふたつタルトを摘まむ先輩の返事も曖昧になる。
恐らく、何となく気づいてはいるのだろう。
でも、私がそれ以上言えないせいで、必然的に彼の答えも不明瞭なまま。
「あんたら、めんどくさ」
このやり取りに苛々して仕方ないのか、背中でゴンがそう言い捨てた。