夏空、蝶々結び。

(……そうだよね)


分かるよ。
大人って面倒で、何かが子供よりも下手くそだ。
ある程度の経験を重ねると、過去を思い出して臆病になったり。
何かを妥協して、ダメージを最小限に食い止めようとしたり。

10代だったら、もっと無鉄砲に。
20代前半なら、もう少しの勇気で済んだかも。

……みたいな、おかしな理由付けで無理矢理自分を納得させてしまう。


(でも、ね)


今感じているのは、ちょっと違う。
もどかしいけれど、モヤモヤするんじゃなくて。
この歳で、まるで初恋みたいに甘酸っぱいなんて言ったら笑われるだろうか。


「……っ、お、お疲れさまでした!! 」


ほんの数秒であってほしい。
でも、気がついたらぼんやりと先輩を眺めていた。


「佐々」


我に返ったところで、再び呼び止められる。
恥ずかしくて、とても振り向くことができないでいると――それは突然降ってきた。


「気をつけて帰れよ。……物騒だから」


たった数歩離れた場所にいる、私よりも高い先輩の目線。
遠いと思っていたのに、わりと近いと勘違いさせるような女の子扱いが。


「あ……りがとう、ございます」


ダッシュだ。走れ、私。
脳は命令しているのに、足が縺れてしまいそう。


「そんなことで喜ぶなって」


遅れて部屋を後にするゴンのからかいにすら、羞恥を煽られる。
たとえ笑われても、耳まで熱くて、心臓の音が聞こえるって――。

――悪くない、かも。



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