夏空、蝶々結び。
「事はそう簡単じゃないの。確かに俺は地縛霊で、もうずっとあそこにいたけど」
地縛霊――その類いの中でも、何とも穏やかではない単語だ。
尚更お近づきにはなりたくないのに、彼は続けた。
「とある理由で、ああなったんだけどさ。どこかへ移るには、成仏するか心優しい誰かと共鳴して憑いていくかしかなくて」
心残りは消えないものの、そこに突っ立っている(?)のももう嫌で。
しかし、未練がある以上は成仏できない。
何か方法はないものか――そこで、彼は試してみる気になったらしい。
そうだ、幽霊だというなら、いっそ誰かにとり憑いてしまえば??
「俺が低級なのか、それともやっぱり執着があるからなのか……どうも上手くいかなかったんだ」
そこでまた考えた。
それなら、相手にも霊感があれば?
だが、あまりに強いと、追い払われたりすることはないか?
強すぎず、弱すぎず、そこそこ。
そうだ、どうせなら嫌な人間よりも、当然いい人――それを言うなら、野郎よりも女の子。
更に言うなら、可愛い子が………。
(何様よ、一体)
「……と思ったけど、そうオイシイ話はなくて。諦めかけた時、通りがかったのがあんた」
――だから、観念しな。
横柄な態度はムカつくが、本当に気分が悪くなってきて怒鳴ることもできない。
幽霊が見えるだけでも嫌なのに、とり憑かれた挙げ句、むこうも嫌々私を選んだとは。
「自覚なかった?微々たるもんみたいだけど、霊感あるっぽいよ」
「……金縛りとか、夢なら見たことあるけど」
頬がひきつるのを面白そうに眺め、彼は言った。
「それ、夢じゃなかったのかも。中途半端に霊感ある方が大変っていうし。これを機に気をつけたら」
何でそんなこと、当の本人から注意されないといけないのよ。
「そういう訳で、俺が無事成仏するまで付き合ってね……って、あ、ちょっと……!?」
限界だった。
これ以上の情報は、精神衛生によくない。
何が何だか分からないけれど、それだけは確実。
どうにかこうにか靴を脱ぐ。
変なところで真面目な性格が顔を出す私は、ドアを開けてベッドを視界に入れてから、そこでようやく意識を手離せたのだった。