夏空、蝶々結び。


入館カードを読み込む、ピッという音が苦手だ。
建物に入る許可のはずが、何だか自ら閉じ込められに向かっているみたい。


「おはようございます」


ドアを開けてから席に着くまでの距離を、床を見ながら歩く。


「おはよう」


返事をした先輩は、多分顔を向けたのだと思う。確かめなかったのは、もちろんわざとだ。


①驚く

②微笑む

③無反応


――そのうちのどの反応も、上手く対処できないから。


「ヘアスタイル変えたくらいで、大げさ」


至極もっともな意見だし、ゴンや他の人がどう思おうと勝手だ。
ちょっとだけでも変えようと意識するのが、私の勝手であるのと同じように。

少しでも可愛くしていたいと思うのは自由である反面、誰にも気づく義務はなければ、ましてや好みなんて人それぞれ。


(……なんだけど……)


「だから言ったじゃん。似合わないって」


追い打ちをかけるように言われ、さすがにへこむ。


(分かったわよ、もう)


さぞ偉そうにしているのかと思いきや、様子がおかしい。
いつもなら、勝ち誇ったように見下ろしているのに――何故か面白くなさそうに、ポツリと呟いただけだった。


(ゴン……? )


もしかして、本気でこの髪が気に食わないのだろうか。
だとしたら、もっと謎だ。
今まで私の格好に無関心どころか、馬鹿にするだけだったのに。


「ほら、仕事仕事。真面目なだけが、かなえちゃんの取り柄でしょ」


(はいはい。そうですよー)


とりあえず、ゴンの言う通り仕事だ。
余計なことを考えずに済むわけだし。




< 43 / 114 >

この作品をシェア

pagetop