夏空、蝶々結び。
入館カードを読み込む、ピッという音が苦手だ。
建物に入る許可のはずが、何だか自ら閉じ込められに向かっているみたい。
「おはようございます」
ドアを開けてから席に着くまでの距離を、床を見ながら歩く。
「おはよう」
返事をした先輩は、多分顔を向けたのだと思う。確かめなかったのは、もちろんわざとだ。
①驚く
②微笑む
③無反応
――そのうちのどの反応も、上手く対処できないから。
「ヘアスタイル変えたくらいで、大げさ」
至極もっともな意見だし、ゴンや他の人がどう思おうと勝手だ。
ちょっとだけでも変えようと意識するのが、私の勝手であるのと同じように。
少しでも可愛くしていたいと思うのは自由である反面、誰にも気づく義務はなければ、ましてや好みなんて人それぞれ。
(……なんだけど……)
「だから言ったじゃん。似合わないって」
追い打ちをかけるように言われ、さすがにへこむ。
(分かったわよ、もう)
さぞ偉そうにしているのかと思いきや、様子がおかしい。
いつもなら、勝ち誇ったように見下ろしているのに――何故か面白くなさそうに、ポツリと呟いただけだった。
(ゴン……? )
もしかして、本気でこの髪が気に食わないのだろうか。
だとしたら、もっと謎だ。
今まで私の格好に無関心どころか、馬鹿にするだけだったのに。
「ほら、仕事仕事。真面目なだけが、かなえちゃんの取り柄でしょ」
(はいはい。そうですよー)
とりあえず、ゴンの言う通り仕事だ。
余計なことを考えずに済むわけだし。