夏空、蝶々結び。

二人の間で揺れているみたいで滑稽だ。
ゴンも先輩も、きっと何とも思っていないのに。


(何考えてるんだろ)


何かから逃げるように視点を変えれば、ふとタクシーの窓の外が目に映る。今、どの辺りだろう。


『お姉さん』


怪しい呼び方だ。
知らない男からそう呼び掛けられれば、警戒するに決まっている。


(……変だ)


芽生えた感情を否定するように、またも私は逃げた。だって、おかしいじゃない。

――懐かしい、なんて。

あの夜、ゴンに出逢って以来、初めてだからかな。
こんなにも長く、彼の憎まれ口が聞こえてこないのは。
ゴンがいなくなった後の生活を想像して、今から懐かしく――寂しい。

今頃、どうしているのだろう。
帰ったら、冷やかされ、報告を強要された挙げ句にダメ出しかな。
そう、無理に思考を変えるほかなかった。
だって、こんなの間違っている。

ゴンはまだ、私といるのだ。
家に帰れば、そこに。
ううん。もしかしたら、大人しく待っていられずにその辺を――……。


「……っ、停めて下さい……!! 」


怪訝な顔をされるのも構わずに、車を降りた。


「……ご……っ」

「しっ」


大声で呼ぼうとして、初めて会った時と同じように立っていた彼に諌められる。


「大きい声出すな。それでそんな名前呼んだら、気が触れたかと思われる。……あんたの目の前には、今誰もいないんだからさ」


わざとらしく人さし指を当てた唇は、綺麗に曲線を描いている。
自然な笑顔じゃない、意識的につくられた表情が頭にきて――悲しかった。


「そんなことない」


躊躇いがないといえば嘘になる。
それでも、はっきり伝えたくて止まらなかった。


「ゴンは、ここにいるよ」


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