夏空、蝶々結び。

(どうして、気がつかなかったんだろう)


誰の目に見えなくても、私にはしっかりと映っている。
私達が出逢った場所に、悲しげに佇むゴンの姿が。


「ここ……だったんだよね」


本当に馬鹿だ。
地縛霊というくらいなのだから、彼の意識はここにあるに決まっているのに。


「……何の話? 」


惚けても無駄だと、ゴンも分かっているはずだ。
彼がここに戻ってきている時点で、肯定したも同じこと。


「ねえ、ゴン。私、やっぱり嫌だよ」


いつも、のらりくらりと逃げられていた。
はっきりと彼に告げれば、喧嘩になるかもしれない。
それでも手のひらにぎゅっと爪を立てたのは、もう避けることはできないから。


「私のことを見届けて、いなくなるなんて。ゴンが消えるなら、あんた自身の想いを遂げてからにして」


魂さえ、ここにいられない日がくるのなら。
いつか、夏空の向こうへいってしまうというなら――彼の想いだって、暗く沈んでいてほしくない。


「ここが最後だったの……? 」


一際強く自分の爪を皮膚に刺し、どうにか訊ねた。


「そーだよ」


予想に反して、ゴンは怒らなかった。
それどころか小さく笑みをこぼし、周囲を見渡した。

夏風邪だろうか。
パジャマ姿の子供を連れた人が、一人で喋っている私を不審そうに見、足早に過ぎ去った。

この時間でも、まだ人通りはある。
そう、だって、ここは――……。


「ここが最期」


――救急病院の前。

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