夏空、蝶々結び。
「……………いつも遅くまで悪いな、佐々」
「い、いえ」
(……なんか……)
視線が痛い。
本当に何でもないのに、『何かありました』みたいなものが流れているような。
チラチラ見られているのに全く気づいていないのを装いながら、ただ真っ直ぐ見つめるのに集中した。
みんなの視線の更に先で、大澤先輩が咳払いをするのさえ知らないふりをしながら。
だから、大きなこそこそ話の中にカナちゃんの声が含まれていなかったなんて――私は分かっていなかったのだ。
・・・
「やっぱ、付き合ってんのかな。あの二人」
保管庫から書類を抱えて戻る途中にそんな声がして、思わず立ち止まった。
「どう見ても、アヤシイよなー」
「えー。実は俺、最近佐々さん、いいなと思ってたのに」
(……………は? )
いや、落ち着け私。
ただの冗談交りの雑談だ。
「遅いんだよ、お前。でも、俺も思った。もしかして、佐々さんが可愛くなったのって、大澤さんと……だったりしてな」
ちょっと待って。
ご飯行っただけなのに、先輩に申し訳ない。
第一、何でいきなりそんなことに。
「かなえちゃん。そのまま行くと、鉢合わせるよ」
(や、やばい)
ゴンの声で我に返り、慌てて来た道を引き返す。
(……あ、危なかった……)
あのまま立ち尽くしていたら、鉢合わせどころか立ち聞きしていたのがバレバレだ。
「ありがと、ゴン」
「いーえ」
あり得ない展開に動揺していて、ここでも私は逃していた。
「……好き勝手言うよな」
低く唸るようなゴンの呟きを。
それに、男たちの何気ない会話を聞いていた、もう一人の姿も。