夏空、蝶々結び。
「……いや。矢原さんは、お茶を淹れるのが上手いから」
ムッとはされたものの、『女のくせに』も『女だから』も出てこない。
つまり、それがおかしいという認識はあるのだ。大変、結構。それなら――。
「大丈夫ですよ。課長も、美味しく淹れられますから。だって……」
(ああ、本当にカナちゃんは偉かった)
私だって、今はにっこり笑っているつもりなのだ。
全くうまくいった自信はないし、恐らく相当怖い顔になっていそうだけれども。
「あれ、粉末タイプのインスタントですから」
誰が淹れようと、ほぼ同じ味のはずである。
お湯の量は、どうぞお好みで。
「……くっ………」
びっくりして振り向くと、先輩が肩を揺らしていた。
「……大澤!! 」
「すみません。でも、何なら俺が淹れましょうか。ちょうど手が空いたので」
ぽかんとした私の顔が、更に笑いを誘ったのか。
先輩はますます楽しそうに、そんなことを言った。
「……っ、仕事しろ、仕事!! 」
頭にきたのか、羞恥を堪えられなかったのか。
課長はドスドスと外へ出てしまった。
(……どっちが)
呆れて背中を見送ると、大澤先輩に向き直る。
「……いいんですか? 」
始めたのは私だけれど、先輩までとばっちりを食ったりしないだろうか。
「いいんじゃないか? 仕事しろって言われたし」
余程ツボだったらしい彼は、のんびりとした口調で言いながらも、私の顔を見てニヤニヤしている。
「先輩。私、先輩にならお茶を淹れてもいいですよ? 特別にお茶の葉で! 」
からかっている先輩とは違い、カナちゃんは本当に嬉しそうで。
彼女が私にそんな顔をしてくれるのが、くすぐったくて――。
『先輩、私ね。本当はずっと、羨ましかったんですよ』
――すごく、光栄だった。