ハージェント家の天使
 ただ、さすがに娘が顔と手に擦り傷を作ってーー背中を蹴られて転んだ際に作っていた。帰宅するなり、自室で泣いていた事から、異変を悟った母親に説得されて、御國は話さざるを得なかった。
 その夜の内に、母親は学校に電話をすると、事の次第を話した。
 次の日、男子は学校に登校するなり、すぐに担任に呼び出された。その日は1日、教室に戻ってくる事はなかったのだった。

「それから男子は口を聞かなくなりました。次の年にはクラスが別れたので、学校を卒業するまで、一度も口を聞きませんでした」
 御國と男子の事は学年中で話題になったが、それもすぐに収まった。
 けれども御國の心には、あの夜の日の事が恐怖として刻まれる事になったのだった。

 中学校を卒業すると、御國は女子高校に入学して、そのまま女子大学に入学した。
 なるべく、男子又は男性と関わらないようにした。
 大学を卒業して就職すると、さすがに男性とも話さざるを得なかったが、仕事と割り切って我慢し続けた。

「仕事を始めてからは、男性と話す機会も増えました。けれども、仕事と割り切って我慢をしてきました。それでも、今でも同年代の男性と話すのは苦手です」
 仕事以外で男性とーーとりわけ、同年代の男性と、話すのは苦手だった。
 1人で外出する際は、不用意に声を掛けられないように、耳にイヤフォンをして音楽を聴きながら、ひっそりと出掛けるようにしていた。
 それでも、声を掛けられる時は、掛けられるのだがーー。

「おかしいですよね。結婚したいと思っている反面、男性が怖いなんて……。男性が怖いなら、いつまでも結婚は出来ないですし、子供なんてまだまだ先の話で……」
 モニカの目には、自然と涙が浮かんできた。
「そんな私が、マキウス様に相応しい訳が無い。ニコラの母親に相応しく無いんです……」
「そのような事はありません。貴方は充分過ぎるくらい、私とニコラに相応しい」
「でも……! 私は最低な人間なんです! モニカになると決めた時だって!」
 モニカは身体を起こすと、肩を震わせた。

「打算的な考えが全くなかった訳じゃないんです……! マキウス様の元でモニカとして生きていけば楽できるって。苦労しなくていいって……! マキウス様がニコラを抱えて生きていくのは大変だから助けてあげようっていう、同情心もあったんです……!」
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