ハージェント家の天使

　足の速いヴィオーラにモニカが追いついた時、ヴィオーラは玄関ホールで馬車を待っていたのだった。
「モニカさん？」
　モニカは肩で息をしながら、ヴィオーラの前で立ち止まったのだった。
「どうしましたか？ 忘れ物でも……？」
「いいえ。その、お姉様とお話したくて……」
　モニカが肩で息をしていると、ヴィオーラは肩を支えてくれた。
「お姉様って、歩くの速いんですね。なかなか追いつけなくて……」
「すみません。モニカさんに気づかなくて。場所を移しますか？ 激しい運動をさせてしまったようで……」
　モニカは首を振った。
「大丈夫です。まだドレスが着慣れないだけなので」
　足首まである裾の長いドレスに、モニカは未だ慣れてなかった。未だに裾を踏みそうになり、扉や椅子に挟みそうになるのだった。

「モニカさんがいた世界では、女性はドレスを着ないのですか？」
「はい。ここまで裾の長いドレスは滅多に着ません」
　ヴィオーラは目を見張った。
「興味深いです。その内、我が家に泊まりに来て下さい。貴方がいた世界の話を聞いてみたいのです」
「勿論です！ あの、お姉様」
　モニカは躊躇いながら聞いた。
「『天使』について、貴重なお話を聞かせて頂きありがとうございました」
「大した事ではありません。いずれの日には、マキウスに話すつもりでした。……マキウスにはまだ話していませんが、実は私は母の生家に戻ろうかと考えています」

「それって……」
　ヴィオーラは頷いた。
「母の生家に跡継ぎがいなくなったのです。それで私に戻ってきて、跡を継いで欲しいと母の親族に言われたのです」

　ヴィオーラの母親の生家であるロードデンドロン公爵家は、先日、不幸があり、跡継ぎが亡くなってしまった。
　このまま跡継ぎがいないままでは、公爵家は取り潰しになる。けれども、跡継ぎに相応しい年齢の者はいなかった。
　そこで目をつけられたのが、ヴィオーラであった。

「まだ決めた訳ではありません。私が居なくなったら、ブーゲンビリア家が無くなってしまいますからね。けれども、もしマキウスがブーゲンビリア家に戻って来てくれるなら、私は家を出る事が出来ます」
　ヴィオーラがロードデンドロン公爵家に戻り、そこで結婚して、子を成せば、公爵家を存続させる事が出来る。
　そうするには、マキウスがブーゲンビリア侯爵家に戻ってくる事が前提になる。