ハージェント家の天使

　モニカは目覚めたばかりの頃を思い出した。ペルラやアマンテは別として、ティカを始めとする使用人からは恐れられていた。
　それは、「モニカ」にまた乱暴されると思ったからだろう。

「そう、ですね。けれども、どうか彼らを責めないで下さい。貴方が眠っている間、貴方とニコラの世話をしてくれたのは、彼らなのです」
「勿論、責めるつもりはありません。それなら、使用人の皆さんにも私の事は話しておいた方がいいですよね？ 今はまだマキウス様しかご存知ないでしょうし……」
「ええ。今はまだ私しか知りません」と、マキウスは返した。
　けれども、マキウスはどこか悩んでいるようでもあった。

　これからモニカとして生きていくならば、マキウスの様に、協力してくれる者は多い方がいいだろう。
　特に屋敷の使用人達には、事情を知らせた方がいい。
　そう思ってモニカは提案したが、マキウスは首を振ったのだった。

「いいえ。今はまだ2人だけの秘密にしておきましょう。
　何かの弾みで屋敷の外の人間にも広がったら、それこそ、モニカがどんな目に遭うのかわかりませんので」
「わかりました。ところで、マキウス様がこの政略結婚をする事になったのは、やっぱり国からの命令ですか？」
　モニカが首を傾げると、マキウスは「そうですね」と言葉を選んでいるようだった。
「それもありますが、私が騎士団で所属している小隊の隊長の命令でもあります。
　私は結婚をするまで、地方の騎士団に所属していました。そこから、隊長に引き抜かれたのです」

　元々、マキウスは地方の騎士団に所属していた。
　地方の騎士団といっても、王都とは違って、特に大きな事件や事故も無く、地方の町村の見回りや、地方を結ぶ街道の管理が主な仕事だった。
　そんなある日、王都の騎士団への引き抜きを持ちかけられた。
　地方の騎士団で実力を持て余しているマキウスを見込んでの話だった。
　その引き抜かれる際の条件が、ガランツスからやってくる女性ーー花嫁を妻として娶る事だった。

「結婚の際、私は隊長からこの屋敷を賜わりました。主だった使用人も隊長の屋敷から移ってきた者や、隊長が選んでくれた者達です」
「部下想いの、素晴らしい隊長さんなんですね」
　モニカの言葉に、マキウスは大きく目を見開いたのだった。
「……そう思いますか？」