ハージェント家の天使
ブーゲンビリア侯爵家
「あの、マキウス様?」
ヴィオーラと別れ、騎士団の本拠地を離れたが、マキウスはずっと黙ったままだった。
モニカがおずおずと何度か声を掛けると、マキウスはようやくモニカに気がついたようだった。
「どうしましたか?」
「先程の方……。ヴィオーラ様が、マキウス様をこの王都に呼んでくださった方なんですよね?」
「ええ、そうなります」
以前、地方の騎士団に所属していたマキウスを王都の騎士団に引き抜いたのは、今の小隊長だと話していた。
「ヴィオーラ様は、マキウス様のお姉さんだったんですね」
「モニカ」
マキウスはモニカの話を遮ると、馬車の外に視線を移した。
「少し、寄り道をしませんか?」
マキウスが御者に指示してたどり着いたのは、王都の中央部近くにある石畳の広場だった。
広い芝生もあるようで、そこでは王都に住む人達が、各々の好きな事をしていたのだった。
モニカがマキウスについて行くと、広場の端は人工の海となっており、その前に大きな人型の銅像が建っていた。
広場より少し低くなった場所に建っている銅像の前には、扇状に広がる石畳があり、広場と繋がっている石造りの階段がいくつかあった。
銅像の背中からは、大きな羽が生えていた。
長い時間が経っているのか、銅像の顔は風雨で褪せていたのだった。
「マキウス様、この銅像は?」
モニカは風で乱れる髪を抑えながら、傍らのマキウスに訊ねた。
「これは、この国を作ったとされている大天使の銅像です」
「大天使って、騎士団の壁画に描かれていた?」
「ええ。そうです。この銅像の中には、大きな魔力の炎が燃えていると言われています。その炎が、この国を空に浮かべていると」
「そうなんですね」
銅像の外側からは、魔力の炎を見る事は叶わなかった。
魔力の炎とは、どんなものなのだろうか。
その時、不意にマキウスはポツリと呟いた。
「子供の頃、私と隊長の2人で屋敷を抜け出して、ここまで遊びに来ました」
「マキウス様?」
モニカがマキウスを振り向くと、マキウスは遠くを見たまま続けた。
「懐かしいものです。私達がいなくなった事に気づいたアマンテとアガタが探しに来るまで、私達はこの銅像に宿っている魔力の炎を見つけようと躍起になりました」
アガタとはアマンテの妹で、今はヴィオーラの屋敷でメイドをしているらしい。
「ヴィオーラ様と仲が良いんですね」
「そうかもしれません。ただ、隊長の母親が私と私の母を嫌っていましたので、表立って親しくする事は叶いませんでした」
そうして、マキウスはヴィオーラとブーゲンビリア侯爵家について話し出したのだった。
マキウスとヴィオーラの父親は、ブーゲンビリア侯爵家の当主だった。
この国で侯爵を名乗れる者は、全員が王族の血を引く者だけである。
それ以外の者が爵位を賜る際には、必ず侯爵以外の爵位となるらしい。
実際にブーゲンビリア家も、何代か前の王様の弟が最初の当主と言われていた。
マキウスの父親は、家同士の繋がりを深める為に公爵家の女性を娶らされた。
それが、ヴィオーラの母親だった。
けれども、マキウスの父親はハージェント男爵家の女性を愛していた。
それが、マキウスの母親だった。
マキウスの父親は、正妻としてヴィオーラの母親を、妾としてマキウスの母親を迎え入れた。
正妻と妾の順番を決めたのは、両者の生家の身分を考慮しての事だった。
やがて、ヴィオーラの母親はヴィオーラを産んだ。
妾より先に子供を産んだ。
これで、夫は私を見てくれる。
この時ばかりは、ヴィオーラの母親を屋敷内で優位に立たせたのだった。
ヴィオーラと別れ、騎士団の本拠地を離れたが、マキウスはずっと黙ったままだった。
モニカがおずおずと何度か声を掛けると、マキウスはようやくモニカに気がついたようだった。
「どうしましたか?」
「先程の方……。ヴィオーラ様が、マキウス様をこの王都に呼んでくださった方なんですよね?」
「ええ、そうなります」
以前、地方の騎士団に所属していたマキウスを王都の騎士団に引き抜いたのは、今の小隊長だと話していた。
「ヴィオーラ様は、マキウス様のお姉さんだったんですね」
「モニカ」
マキウスはモニカの話を遮ると、馬車の外に視線を移した。
「少し、寄り道をしませんか?」
マキウスが御者に指示してたどり着いたのは、王都の中央部近くにある石畳の広場だった。
広い芝生もあるようで、そこでは王都に住む人達が、各々の好きな事をしていたのだった。
モニカがマキウスについて行くと、広場の端は人工の海となっており、その前に大きな人型の銅像が建っていた。
広場より少し低くなった場所に建っている銅像の前には、扇状に広がる石畳があり、広場と繋がっている石造りの階段がいくつかあった。
銅像の背中からは、大きな羽が生えていた。
長い時間が経っているのか、銅像の顔は風雨で褪せていたのだった。
「マキウス様、この銅像は?」
モニカは風で乱れる髪を抑えながら、傍らのマキウスに訊ねた。
「これは、この国を作ったとされている大天使の銅像です」
「大天使って、騎士団の壁画に描かれていた?」
「ええ。そうです。この銅像の中には、大きな魔力の炎が燃えていると言われています。その炎が、この国を空に浮かべていると」
「そうなんですね」
銅像の外側からは、魔力の炎を見る事は叶わなかった。
魔力の炎とは、どんなものなのだろうか。
その時、不意にマキウスはポツリと呟いた。
「子供の頃、私と隊長の2人で屋敷を抜け出して、ここまで遊びに来ました」
「マキウス様?」
モニカがマキウスを振り向くと、マキウスは遠くを見たまま続けた。
「懐かしいものです。私達がいなくなった事に気づいたアマンテとアガタが探しに来るまで、私達はこの銅像に宿っている魔力の炎を見つけようと躍起になりました」
アガタとはアマンテの妹で、今はヴィオーラの屋敷でメイドをしているらしい。
「ヴィオーラ様と仲が良いんですね」
「そうかもしれません。ただ、隊長の母親が私と私の母を嫌っていましたので、表立って親しくする事は叶いませんでした」
そうして、マキウスはヴィオーラとブーゲンビリア侯爵家について話し出したのだった。
マキウスとヴィオーラの父親は、ブーゲンビリア侯爵家の当主だった。
この国で侯爵を名乗れる者は、全員が王族の血を引く者だけである。
それ以外の者が爵位を賜る際には、必ず侯爵以外の爵位となるらしい。
実際にブーゲンビリア家も、何代か前の王様の弟が最初の当主と言われていた。
マキウスの父親は、家同士の繋がりを深める為に公爵家の女性を娶らされた。
それが、ヴィオーラの母親だった。
けれども、マキウスの父親はハージェント男爵家の女性を愛していた。
それが、マキウスの母親だった。
マキウスの父親は、正妻としてヴィオーラの母親を、妾としてマキウスの母親を迎え入れた。
正妻と妾の順番を決めたのは、両者の生家の身分を考慮しての事だった。
やがて、ヴィオーラの母親はヴィオーラを産んだ。
妾より先に子供を産んだ。
これで、夫は私を見てくれる。
この時ばかりは、ヴィオーラの母親を屋敷内で優位に立たせたのだった。