ハージェント家の天使
「私のせいで、貴方は苦労をしているのでしょう。弟だから私に優遇されている。分不相応な仕事をしていると」
 ヴィオーラは語気を強めた。
「そんな者がいたら、胸を張ってこう言ってしまいなさい。『自分は実力があるから、ここにいるのだと』」

「姉上、私は……」
 ヴィオーラの言う通りだった。
 マキウスがヴィオーラの弟だから優遇されていると、陰ではずっと言われていた。
 自宅に戻れば、モニカーー「前」のモニカ、の問題に頭を抱えていて、心が休まる瞬間が無かった。

「私は貴方と昔の様な関係を取り戻したい。子供の頃のような。身分や立場の関係なく。……ただの姉弟でいたいのです」
「私もです」
「マキウス?」
 ヴィオーラは首を傾げた。顔を上げたマキウスは、ヴィオーラを見つめた。

「私は母が亡くなり、祖父母の元に戻ってからも、地方の騎士団に所属してからも、姉上達と過ごした日々を懐かしく思っていました。けれども、姉上からは一向に便りがありませんでした。……もう、私の事は嫌いになったのだと、男爵の身である私には関わりたくないのだとばかり思っていました」
「それは、母に監視されていたからで……!」
「ええ。存じております。時折届いていたペルラ達からの便りの中に書かれていました」
 マキウスは頷いた。
「ですが、姉上から王都の騎士団に推薦された時は嬉しかったです。ただ、実際に会えたものの何を話せばいいのか、そもそも身分や階級が違う身でありながら、声をかけていいのかわかりませんでした」
 マキウスがヴィオーラと親しげに話す事で、ヴィオーラに不利益が生じるかもしれない。
 それが、マキウスにとって1番怖かった。

「そんな私に出来る事は、姉上の負担を少しでも減らす事でした。仕事であれ、私生活であれ。姉上が忙しい身である事は知っていました。……心配もしていました」
 マキウスが所属する小隊の隊長として、女性士官として、ブーゲンビリア侯爵家の当主として、ヴィオーラは常に忙しそうであった。
 声こそは掛けられなかったが、マキウスは陰ながら心配していたのだった。

「許されるならば、私も姉上と昔の様な関係を取り戻したいです。ただの姉弟としての」
「マキウス……!」
 ヴィオーラは立ち上がると、マキウスの頭をワシャワシャと撫でたのだった。
「あ、姉上! 止めて下さい!」
< 63 / 166 >

この作品をシェア

pagetop