その呪いは、苦しみだけではなく。

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「すみません」

　桜の花びらが落ち、アスファルトの上は桃色に染まっている。桃色に染まった坂を上り、薔薇のトゲを処理していた花屋の店長に声をかけた。
　すると、腰の曲がった店長さんは私の顔を見るや否や、忙しそうだった手を止め安堵した表情を浮かべた。

「今月も来たんだね」
「いつもすみません」
「大丈夫だよ。いつもの花でいいかな？」

　店長は慣れた手つきで花を選び出したので、並べられた花を見渡す。

「今日は、いつも以上に豪華にして欲しいんです。薔薇とか百合とか、派手なのを。いつもの予算の五倍で」

　鞄から財布を取り出すと、店長は糸のように細い目を見開いた。

「それは嬉しい報告があるから？」
「いえ。懺悔です。祖母の遺言でお見合いしなくちゃいけなくなったので」

　耳に髪をかけながらため息しか出ない。

「死んだ人は、生きている人を縛り付けるから面倒くさいですね」
「……君はまだ若くて綺麗だから、今からですよ」
「ううん。呪いの中は温くて居心地が良いので」

　適当に選んで貰った花を、店長がテーブルの上に並べて形を整えてくれるのを、定位置で座ってただただ眺めた。


　十八年前、私の目の前で恋人だった押内亮が亡くなった。


　一緒に帰っていたが、横断歩道で信号が点滅しだして手を繋いで一緒に駆けだした時だった。
　彼は鞄からこぼれ落ちた消しゴムだったかシャーペンだったかを拾おうとその場にしゃがみ込み、点滅した信号を急いで通ろうとしたトラックと衝突した。トラックからは死角で見えず、ブレーキもせずに突っ込んできて正面から激突。

　骨の折れる音や、血飛沫が視界を奪う中、私だけは無事だった。

　彼が繋いだ手を離して突き飛ばしてくれたおかげだ。彼が手に握っていた物は、私が誕生日に渡したプレゼントだったはず。
　けれどそれが何だったか思い出せない。

　ただただ彼がもう助からないのが分かったので、発狂したことだけは覚えている。
　血まみれの彼を見て、即死の方が楽だったのにと、心ない声が聞こえてきた。
　心が壊れるとき、優しい言葉よりも攻撃的な言葉の方がはっきり聞こえる。悲劇のヒロインには、自分を悲劇に飾れる言葉の方が、自我を保てるからなんだ。

　強く頭を打ち、ガードレールとトラックの間に身体を挟まれ、背中の骨は粉々だった。
　何時間も手術したけれど、もう手の施しようがなかった。