その呪いは、苦しみだけではなく。
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故人を忘れていく順番は、最初は声らしい。
けれど、死ぬときは最後まで聞こえてくるのは声だと教えてくれた人が居た。
ーーきっと美織ちゃんの泣き声が、声が、亮くんには最期まで届いていたと思うよ。
いつまでも泣いている私に声をかけてくれたのは、二つ年上の幼馴染みの誠弥くんだ。
「誠弥くん、私ね、もう亮くんの声を思い出せないの」
誠弥くんは、家の裏庭のボロボロの木の塀をくぐると誠弥くんの家に入れる。そこで受験勉強の時に、おじさんが離れを作ってくれてそこで勉強をしていた。
今は病院の近くにマンションを購入しているので、そこは物置になっている。
誠弥くんは、もし心が押しつぶされそうになったときは、ここを好きに使って良いよと私に鍵をくれていた。
優しくていつもにこにこしている人。穏やかで、凪のように静かで、何でも黙って聞いてくれる人。
私とのお見合いのために、あの離れに帰ってきているのを聞いて、数年ぶりに木の塀をくぐると、誠弥くんは丁度、車を止めて荷物を下ろしているところだった。
その誠弥くんのもとへ一目線に駆け寄り、私は亮くんの声を忘れてしまったことを伝えた。
「そうか。運動会のDVDなら保存してあるよ。学年が違うから、そんなに出てこないだろうけど」
「ううん。いいの。忘れるには良いタイミングだったんだと思う」
「そうか。あ、明後日は和服? スーツ?」
「綺麗目のワンピースだよ。祖母の形見のイヤリングに似合う紫色の」
「良かった。和服に合わせるスーツは持っていないから」
苦笑していた誠弥くんは、車の中にひらひらと桜の花びらが落ちてくるのに気づき、そっと払いのけた。
「変な感じだね。僕たちがお見合いかあ」
「うん」
「お互い、歳をとってしまったね。ごめんな、僕で」
ポンポンと私の頭を優しく叩くのは、お兄ちゃんみたい。
「ううん。誠弥くんで良かったと思ってるよ」
「でもバツ1だからね、僕は。おばあさまも何を考えているんだろうね」
誠弥くんは離れの鍵を開けながら、中を覗き込む。定期的に私が片付けていたので、掃除しなくても今日ぐらいなら泊まれる。
誠弥くんは聖人君子のように穏やかで優しい人なのに、バツ1。
実家の大島診療所を継いで、診療所から病院へと規模を拡大したのだけれど、仕事ばかりで奥さんを蔑ろにしてしまったらしい。
お見合いで結婚した相手だったと言っていたし、自分に非があると、別れて二年ほど経つのに未だに元奥さんを庇っている。
「……誠弥くんは、前世の記憶って信じる?」
「医者にそんな事聞いちゃう?」
クスクスと笑った後、縁側のシャッターを開け終わると、背中を向けたまま言う。