路地裏の唄
覚醒ー彼(カ)の吐息、テッソを焼くー
月下
全くと言って良い程人通りのない道に、カランコロンと軽やかな下駄の音が響く。
「月が綺麗だ…」
大きな月を見上げて口を開くのは細く黒い髪の、中性的な顔立ちをした青年。
下駄の音はその青年、律(リツ)の足元からだったが、タイトなズボンと上から着ただけの白いワイシャツに下駄、という洋装は、世間で普通に見かける恰好ではないが、本人は気にする風もない。
そんな律の数歩後ろを行くのは、長身に精悍な顔立ちの青年、若い顔立ちのわりに穏やかな表情や振る舞いは老成した空気を感じさせる違和感を纏っており、耳には透き通った翠のピアスをつけて、ツンツンと立った黒髪は襟足だけが腰に達するほど長く、紙の帯を巻き付け少しだけ出た毛先はまるで尻尾のようだ。
律のアンドロイド型ケータイ、原十郎(ゲンジュウロウ)はカラカラと愉快げに笑う。
「"遠回りして帰ろうか"ってやつか?
女子の役がやりたいなら他あたるとえぇぞー」
「別にそんなんじゃないし。
それは"月がとっても青いから"じゃないの?」
「そうじゃったそうじゃった」
「よく知っとったのぉ」と言いながらわしわしと頭を撫でる原十郎に律は呆れながらも拒まずに歩を進める。
二人の声と足音、そして地下に埋められた業務用の巨大ケータイの稼動音だけが聞こえる。
今日は律の17歳の誕生日だった。