路地裏の唄
律の向かいのソファで話を聞いていた県はその黒い瞳をくるんと律に向ける。

「黒姫って…?」

「あ、えーとね、多分ツールだと思うんだけど…なんて言うのかな、対ヒト用?みたいな……」

「対ヒト用?」

「うん、基本的にツールはヒトに危害を加える事よりワクチンソフトを内臓してるケータイの方をターゲットにするの」

「じゃあ黒姫は…」

「ヒトをターゲットにする」

「あぁそうだ。お前にはまだ言ってなかったな」


県の言葉を引き継ぐようにしていつの間にか律に視線を移した現樂が話を拾う。



「黒姫に逢ったらな。死に物狂いで何を置いても逃げろ」


「…え?」



逃げの姿勢を滅多に見せない現樂にしてはあまりに似合わぬその言葉に律は少し肩透かしを受けたような顔をした。
その反応を放って原十郎も「だろうなぁ…」などと言っている。


「…って、え?原十郎、黒姫を知ってるの?」

「あー…まぁなぁ…」

「そんなに強いの?」

「戦闘力がそんなに抜きん出て強いわけじゃねぇ。
ただあいつはヒトを喰らう。生きる糧としてな」


それは逃げねばなるまい。
律は内心で肝を冷やした。


「その柚茶って子は長身?」

「いいえ、私より少し小さいですわ」

「そう、じゃその子二代目ね」

「二代目?」

「黒姫っちゅうんはカテゴリの一つみたいなもんなんよ」

「そうなんだ…」


少しの沈黙が続いた後、「マスター、そろそろ依頼の話を…」とクトーに後ろから囁かれ当初の目的を思い出したらしい桧奈がハッと顔を上げた。


「危ない危ない忘れて会議に遅れるとこだったわ。仕事よ仕事!」

「あぁ?」

「即効性の高い小型兵器を作って欲しいの」


桧奈が現樂のデスクの端に腰掛けて詳細について話し出すと、緋奈咫はお茶の支度をしに席を外し、県達は今日深梁が苣を伴って行ってきた店の話を始めた。

原十郎はいつも通りに見えるがどこか上の空で、律の隣にはちょこんとコンツが座って律と同じように周りの様子を眺めていて、最後に律と目が合った。
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