パラダイス、虹を見て。
 舞台が終わると。
「ちょっと、楽屋行って挨拶してくる」
 とイナズマさんに言われ、15分後にロビーで待ち合わせすることになった。
 その間に化粧室にでも行っておこうと、スタスタと歩き出す。
 1階の化粧室は人が多そうだったので、2階にある化粧室へ向かうと誰もいなかった。
 ポーチから口紅を出して塗り直していると。
 扉が開いて誰かが入って来た。
 思わずチラリと入って来た人物を見ると60代の貴婦人であろうか?
 見るからに貴族というのがわかるが、決してギラギラと着飾ることはなく。
 紫色のドレスがとても似合っていた。
「あらっ!」
 真っ赤な唇で貴婦人が声を上げるので、私は思わずビクッと肩を震わせる。
「貴女…、ハワード家の」
 ぎくぅ!! という音が身体の音で鳴り響く。
 ヤバイ、知り合いだろうか。
 見たことのない人だが、もしかしたらどこかで会っているのかもしれない。

 絶対に、慌ててはいけないと思い。
 一瞬、うつ向いて、
 すぐに笑顔になる。
「ハワード家っていうと…あの、ハワード家でしょうか?」
 内心パニックになって、何言っているのだろうと思った。
 だが、ハワードという名前はそこまで珍しい名前ではないはずだ。
「あ!! ごめんなさい。違うのよ。そうよね、違うのよ」
 今度は貴婦人が慌てたように手をぶんぶんと横に振った。
 鏡台の前に立った貴婦人は「ごめんなさいねえ」と謝ってくる。
「ハワード家って聴いたら、あの極悪人のハワード家を連想しちゃうもんねえ」
 極悪人…という言葉に。 

 今度は、ずしーんと肩に岩が乗ったような感覚になった。
 世間ではやっぱり、あの悪魔は『極悪人』になっているようだ。

 私が「違い…」と口を開こうとすると。
 ドアから「奥様―、奥様ー」と連呼する声が聞こえた。
「あらっ、嫌だ。本当にせっかちなんだから」
 そう言うと、貴婦人は鏡を見ながらフェイスパウダーをパフでぽふぽふっと顔に塗りつけると「今行きますわー」とドアに向かって叫んだ。
「では、ごきげんよう」
 にっこりと笑った貴婦人は猛スピードで去って行く。
 一方的に質問しておいて、あっという間に去って行った貴婦人。
 私は、はあと深いため息をついた。
< 119 / 130 >

この作品をシェア

pagetop