パラダイス、虹を見て。
 やっと。
 地獄のような時間から解放されると。
 身体がガクンと揺れた。
 何コレ、貧血かなと思って、おぼつかない足を前に進めようとするけど。

 走り去る馬車の音を聞いて。
 目の前にある扉を見て、ちょっと休もうと。
 踵を返して庭園へと向かった。

 苦行にしか他ならないイナズマさんとの時間だった。
 屋敷まで送ってもらった後。
 身体はもうボロボロだった。
 もしかして庭園にいるのかもしれないと。
 気を取り直して庭園に行ってみると。
 庭園はライトアップされているのではないか。
 思わずヒサメさんの姿を探したけど。
 いたのは、キャンパスを前に考えこんでいるモヤさんだった。
 普段はスケッチブックで描いている姿しか見てないので。
 キャンパスを目の前にしているモヤさんを見ると。
 やっぱり、画家なのねと妙に納得してしまう。

「随分と疲れて帰って来たみたいだねー」
 こっちを見てもいないのにモヤさんがはっきりと言った。
「モヤさん、帰って来てたんですね」
 そっと近寄ると、
「そこで、止まって」
 とモヤさんが大声を出してきた。
「まだ始めたばかりだからさっ。ちょっとヒカリ、モデルになって」
「え、今ですか!?」
 疲れているのはわかっているはずなのに。
 今からモデルをやるのはもう、無理だ…
「5分でいいから、ちょっとそこから、向こう側までゆっくり歩いてくれる? よーい、どんっ」
 モヤさんはこっちの返事を聴くこともなく、指示してきたので。
 重たい脚をひきずるように、ゆっくりと歩き出す。
「おお、いいね。ヒカリ。お姫様だ。暗闇に合ってる」
「…どうも」
 モヤさんの言っていることはよくわからないが、
 考える気力もないままに歩くしかなかった。

 ヒサメさんはやっぱりいない。
 ほんと、ヒサメさんのことばかり考えている自分ってどうなんだろ。
 気持ち悪いような気もする。

「おお、ありがと。ヒカリ。イメージが浮かんだ!」
「それは、良かったです」
 ヒサメさんはキャンパスに向かって高速で手を動かしている。
 よく見ると絵の具じゃなくて鉛筆で描いている。
 辺りをキョロキョロともう一度見渡したけど。
 庭園にヒサメさんの姿はいなかった。
 モヤさんに質問したかったけど。
 また変に気を遣わされるのはコリゴリなので、
 ふぅ…とため息をついた。
「誰か探しているの?」
 また、こっちを見たわけでもないのにヒサメさんが言った。
 この人、どこに目がついているのだろう?
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