パラダイス、虹を見て。
 おじいさんに言われて。
 庭園の草むしりを始める。
 草むしりがある程度終わると、植木鉢の移動や花の水やり。
 木の見栄えをよくするために枝や葉を切る作業…
 とにかく、色んな仕事をやらされる。
 その間、モヤさんは何もせずに。
 じーとこっちを見ているだけ。
「モヤさんは何で、手伝わないんですか?」
 思わず尋ねると。
「俺は、見る専門」
 ニヤリと笑われた。

 畑仕事とはまた違った庭園の手入れに苦戦。
 慣れない作業で、疲れ果てる。
 お昼休憩を取ることになって。
 木漏れ日の下で昼食を取ることになった。
 モヤさんがサンドイッチを持ってきてくれて、それを食べることになった。

「あれ、師匠さんは?」
 すっかり自分も師匠呼ばわりしている。
 周りを見渡しても、師匠の姿はない。
「師匠は昼寝中。大丈夫、後で来るから」
 そう言って、モヤさんは卵サンドをほおばっている。

「いただきます」
 モヤさんからもらったサンドイッチを食べる。
 沢山働いたせいか、空腹の中でのサンドイッチは格別においしい。

「お姫様、楽しそうだね」
「お姫様じゃないですって」
 昨日からずっと、モヤさんは「姫」呼ばわりしているが。
 いい加減やめてほしかった。
「私にはカスミっていう呼び名があるんですって」
 モヤさんは黙って。
 こっちを眩しそうに見た。
「カスミって名前は、ここに来てからの呼び名?」
「え…いえ。前に住んでいたところからですけど」
「じゃあ、駄目だ」
 きっぱりと。モヤさんが言うので。
 そういえば、ずっと呼び名はそのままだったと気づく。

 カスミと呼ばれる女は死んだことになっているのに。
 このまま、この呼び名を使うのはまずいのだろうか…。
「僕が呼び名を考えてあげる」
「えー・・・」
 モヤさんのセンスが恐ろしい。
 昨日から思うのは、モヤさんは変わり者だと思う。
 絶対に変な呼び名を考えてきそうで恐ろしい。

「ヒカリ」
「えっ」
「君の名前は、ヒカリ。どう?」
 いつになく真剣な顔で言うので。
 私は「はい」と頷いてしまう。
「君は、僕たちにとって光だから」
「…なんか、さらりと臭いセリフ言いますね」
 口説き文句のように聞こえたので、思わず笑ってしまう。
 モヤさんは黙ってこっちを見ている。
「ヒカリ。顔にパンついてるよ」
「え、どこですか?」
 自分の手のひらでぺたぺた探ってみるが、パンが見つからない。
「こっち、来て。取ってあげる」
 モヤさんに顔を近づけると。
 モヤさんの手が顔に触れようとする。


「ちょっと待ったー」

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