パラダイス、虹を見て。
 絶対に否定すると思ったのに。
 目の前にいるのは、どこかの国の王子様。

「王子様」と聴くと。
 遠い存在にしか感じられない。
 確かに気品があって、身分は高そうな感じはするけど。
 王子様がこんなところにいる?

「王子様と言っても、俺は王位継承者でもない長男だから」
「え? 長男って・・・」
 ふぅーとユキさんはため息をついて。
 足を組んだ。
「俺が生まれ育った国は、王位を継承するのは最初に生まれた子っていう決まりなんだ。俺には姉が3人いるから。4番目の俺が継ぐってことはまずないと思う」
「女性が王位を継げるんですか!?」
 意外な言葉に驚く。
「男女平等だからねえ。俺の国は」
 そう言うと。
 ユキさんは、指を曲げてポキポキと音を立てて鳴らした。
 闇にのまれずに。
 ユキさんの彫の深い顔は静かに火のあかりで映し出される。
「…今のはカッコ良く言ったけど。男女問わずに王位継承しているのは、人口が少ないからさ」
 何かを思い返すかのように、ユキさんはぼんやりと考え込んでいる。

「あの、人質っていうのは本当ですか?」
「人質? それもアラレが言ったの?」
 ユキさんが驚いてこっちを見る。
「ユキさんは、王子様で人質でこの国に来たって・・・」
「うーん。それは違うかなあ」
 即座に否定するので。
 アラレさん、やっぱり違うじゃーん。と心の中で突っ込みを入れる。

 毛布を膝までかけて。
 ユキさんを見る。
「交換留学っていうのかな? 俺がこっちにいる間、この国の王族が俺の国へ行ってた」
「そうなんですか」
「まあ。結局、在留期間が過ぎても、俺は居心地良すぎて住んじゃったワケだけどね」
「…戻りたくないんですか?」
 質問すると。
 ユキさんは視線を下にずらした。
 右手をグーにしている。
「あんなところ、戻りたいものか」
 囁くようにユキさんが言う。
 ユキさんは椅子に深く座りなおした。
「俺の住んでいた国はね、詳しい所在地は言えないし、国名も明かせないけど。ここからはるか遠い氷の国なんだよ」
「こおり・・・」
 ティルレット王国は一年中、平均温度が20度前後と暖かく。
 日中、雨が降ることがない。
「氷」と言われて。どれだけ寒いのか想像も出来ない。

「寒すぎて、作物は育たなくて。人々はいつだって飢えて争ってた」
 ユキさんは、ふぅとため息をついた。
「戦争ばかりの国で生きて、誰一人この国を良くしようと解決すらしない。動きもしない…毎日、暗くて息苦しいところ」
「そんな…」
「ここは素晴らしい国だ。だから、戻ろうなんて思わない」
 はっきりとした口調は迷いのない言葉だった。

「俺が王子様だからって、かしこまらないでね。カスミさん」
 ふっと寂しそう言ったユキさんに、思わず「はい」と頷くと。
 急にアハハハと声を出して笑われる。
「そういうところ、ヒョウに似てるよね」
「え!? そうなんですか」
「まあ。時間はかかるけど。仲良くしてやって」
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