パラダイス、虹を見て。
 目を覚ましたときは、すっかりと日が暮れていて。
 何で寝ていたのか思い出すのに時間がかかった。

 紺色のワンピースに着替えて。その上に上着(カーディガン)を重ねて。
 庭園へと向かった。
 ベンチに座って何かを描いているモヤさんがいた。

 鉛筆を持って、書いているのは花だろうか。
「僕に用があるんでしょ」
 こっちを見ないでモヤさんが言う。
 私は黙って、モヤさんの隣に座った。

 白いシャツにゆったりめの黒いズボン。
 真剣な表情で手を動かすモヤさん。

 目が覚めて、真っ先に浮かんだのはモヤさんだった。
 相談できる人っていったら、この人しか浮かばなかった。
 …そもそも、この人に相談したせいで。
 昨晩、泣くハメになったのだ。
「昨日の夜、ヒサメさんが部屋に来ました」
「…そう」
 手を止めたモヤさんは「あー」と言って。
 スケッチブックのページをめくった。
「上手く書けないねえ」
 ぶつぶつと呟きながら、モヤさんは前を見る。
 その姿を見ていると。
 何だか、ほっとした気分になる。
「ヒサメさん、酔っぱらってました」
 ピタッとモヤさんは動きを止めて。
 私を見た。
「…ヒカリに酷いことしたの?」
 まさか、そんなこと言われるとは思ってなかったから。
「えっ」と驚いてしまう。

 夕方はひんやりとした冷気がまとわりつく。
 カーディガンを上に着たとはいえ、少し肌寒い。
「ヒサメ、酔っぱらってたんでしょ?」
「え、そうですけど。酷いことはされてないですよ」
「…ヒカリ、酔っ払いはすぐに追い払うように」
 もしかして、ヒサメさんって酒癖が悪いのだろうか。

 モヤさんはため息をついた。
「ヒカリが嫌な思いしたのなら、僕のせいだね」
「え、何ですか急に」
 モヤさんはスケッチブックから目をはなす。
「酔っ払いをお姫様の前に出しちゃいかんのだよ」
 まっすぐで真剣な目に思わず黙る。

 何も言っていないのに。
 モヤさんはすぐにわかってくれる。
 何故か、また泣きたくなった。
「ヒサメさん、俺には奥さんがいるんだーって叫んでました」
「…最悪だな、アイツ」
 モヤさんが不機嫌になるのがわかった。
 温厚な人だと思っていたから。
 急に機嫌が悪くなると、こっちがビビってしまう。
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