パラダイス、虹を見て。
 疲れた。
 疲れた。
 本当に、もう嫌だ。

 ベッドに倒れ込むと。
 ドアがノックされた。
「大丈夫? カスミさん」
 私と同じように疲れた様子でユキさんが部屋に入ってきた。
 絶対に寝る前に来るだろうと思っていた。

 ユキさんは定位置である椅子に座ると。
「ごめん」と言って頭を下げた。

「養父母のことは、私を傷つけないようにするためだったんですよね?」
 ここへ来た日。
 弁護士のピエールさんは真実を話そうとしていたのだと思う。
 それを遮ったのが、ユキさんだった。
 養父母が施設から男の子を迎え入れて養子にしたというのは、ユキさんの作り話だ。
 …真実は、自分の父親が全て壊したのだ。

「傷つけないようにするためだからって、結果としてカスミさんに怖い思いをさせた」
 下を向いたままのユキさんを見ているのが辛かった。
「まだ、実感が全然湧かないんです。養父母が死んだなんて」
 さっき、散々泣いたのに。
 喋っていると涙がまた出てくる。
 
 どうして、一度不幸な話が出てくると、連続で嫌なことが起きるのだろう。
 悲しみは心の中で爆発して。
 わからなくなる。
 ユキさんは黙って私を見ている。
「すいません、ユキさんは悪くないんです。勝手に私が泣いているだけです」
「僕のことはいいから、悲しいときは沢山泣いていい」
 ユキさんの手がにゅっとこっちに近づいてくる。
 が、ぴたっと止まった。
「カスミさんに触れると怒る奴がいるから、やめとく」
「…ユキさん。手を繋いでください」
 多分、ユキさんと私の頭の中にはアラレさんが浮かんでいたと思う。
 もしくは、モヤさんか。
 アラレさんは、時折。私をヒョウさんと重ねることがあるらしい。
 全然、似てないのに「ヒョウがちょっかいだされてるみたいで嫌ー」と言うそうだ。

 ユキさんの手はあたたかい。
 安心してくる。
「自分の父親が悪魔だってことくらい、わかってます」
「ん?」
 鼻声で話しているので。
 聞き取りにくかったのかもしれない。
「私の父親は悪魔です」
< 79 / 130 >

この作品をシェア

pagetop