パラダイス、虹を見て。
 部屋の前に着くと。
「俺とちょっと飲まない?」
 とヒサメさんに言われる。
「どうせ、イナズマ達。すぐには帰ってこないから。よかったら、こっちの部屋に来なよ」
 意地悪そうにヒサメさんに言われると。
 思わず身構えてしまう。
「…お、奥さんいる人と2人きりになんか、なりたくないです」
 この前の仕返しだと言わんばかりに。
 ドキドキしながらヒサメさんに言った。
 ヒサメさんは、ぽかんとしたけど。
 すぐに「アハハハハ」と甲高い声で笑った。
「どうせ、モヤから聴いてるんでしょ、奥さんのこと。大丈夫だよ、ヒョウの妹さんに変なことしませんから」
 手招きされたので。
 断る理由もなく、ヒサメさん達の部屋に入った。

 灯りをつけてもらい、ベッドに座り込む。
 ヒサメさんはテーブルに置いてあったお酒の瓶を手に取ってグラスに注いだ。
「貴女はお酒いけるほう?」
「え、いえ。強くないです」
 飲みなれていないお酒を飲んで具合悪くなっても困るので。
 やんわりとお酒を断る。
「労働の後のお酒って上手いねえ」
 グビグビと飲み干したヒサメさんを見て。
 この前みたいに本気で失礼な態度を取ってきたらどうしようかと考える。
「そんな怖い顔しなくていいから。あの後、モヤとヒョウに滅茶苦茶怒られたんだから」
 ヒサメさんがこっちを見る。
 薄暗くても。
 ヒサメさんの整った顔はよく見える。
 この目が怖い。
 飲み込まれそうで。
「この前は酔っぱらって、貴女に酷いことをいって悪かったよ」
「えっ」
 いきなりヒサメさんが謝るので、驚いてしまう。
「何で、謝るんですか」
「何でって…貴女に不愉快な思いをさせたからでしょ」
 それは、私がヒサメさんを好きだと認めていることになるのでは…。
 口をパクパクさせると。
 ヒサメさんは「あー、日中に外出ると神経使うね」と言って背伸びを始める。

「奥さん、綺麗な方ですね」
 時折。
 自分の意志をは関係ない言葉が出てしまう。
 自分を強く呪いたいと思った。

 口から出てしまった言葉を止めることは出来ない。
 しまったと思った時にはもう遅い。
「あんなに素敵な奥さんだったら、ずっと思い続けるのは当たり前ですよ」
 何言ってるんだろうと思いながらも。
 これ以上の会話は危険だと思って立ち上がる。
「ねえ」
 低い声だった。

「地獄ってあると思う?」

 その時の、ヒサメさんの表情は今でも忘れない。
 同じだ…というのは。
 そういうことなのかなって。
 やっと、わかってしまったから。
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