拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。


「……何が言いたいんですか?」

 思わず問い返せば、菱沼さんがニヤリとした厭らしい笑みを浮かべたのがマスク越しでも分かり、嫌な予感がして、無意識にゴクリと生唾を飲み込んでしまっていた。

 するとそこへ、先制攻撃とばかりに軽いジョブが放たれたのだ。

「怪我人である藤倉菜々子様の負担になるといけませんので、単刀直入に申し上げます。『帝都ホテル』のパティシエールは優秀な方ばかりだと窺っております。本来なら、これまで通り働いていただきたいところなんですが、事情がおありのようですので、誠に残念ではありますが……断念いたします。

ですが、この不景気です。いくら老舗の『帝都ホテル』で働いていたと言いましても、転職なんて厳しいでしょうし。亡くなったお母様のお姉様である伯母様にも心配させたくはないでしょうしねぇ」

 私は絶句せざるを得なかった。

「……」

 そこへ今度こそ核心が投げてよこされたのだった。

「そこで提案なんですが、カメ吉を救っていただいたのもなにかのご縁でしょうし。なにより、藤倉菜々子様のパティシエールとしての腕を見込んで、是非とも桜小路創様の専属パティシエールとしてお迎えしたいのですが。いかがでしょうか?」

 表向きには、親切な提案のように聞こえるけれど、こんなの脅迫だ。

 何が亀を救ったお礼だ。言うこと聞かないなら、解雇を取り消すぞ。嫌なら従え。そう言っているようにしか聞こえないんですけど。

 事故は偶然だったんだろうけど、やっぱり色々調べ上げて、全部承知で言ってたんだ。

 それに、ここぞとばかりに親代わりである伯母さんのことを持ち出してくるなんて、性格悪すぎだし。

 けれどこの不況下、新卒でもない限り就活なんて厳しいだろうし。なにより伯母夫婦に心配だけはかけたくなかったーー。

 悔しいけれど菱沼さんに言われたとおりだから、何も言い返せなくて、泣きそうになるのをギリと奥歯を噛みしめながらに堪《こら》えた。

 そうしてふたりのことを交互に見据え、最後に桜小路さんを渾身の強い視線で睨みつけ。

「よろしくお願いします」

 結局は、挑むような口調でそう答えるしかなかった。

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