拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
#5 本採用じゃないんですか!?
あんなに悔しい思いまでして応じたというのに……。
ついさっき、菱沼さんから返ってきた言葉に、私はベッドの上だというのに盛大にずっこけそうになった。
だって、まさかのまさか。
「それでは早速ですが、本採用の前にもうけます試用期間についての諸々のご説明をさせて頂きたいと思います」
あんな脅迫まがいなことをやっておいて、『試用期間』なんて言葉が返ってくるなんて思わないじゃない? 普通。
それも、こうなることを想定してあらかじめ用意していたらしい書類が綴じられている、やたらと分厚い真っ黒なクリアファイルを登場させた菱沼さん。
どこに隠し持っていたかも気になるとこだけど、それよりも、こうなるように仕向けたっていうのがバレバレですから。
まぁ、端《はな》から隠すつもりもないんだろうけど……。
そんな感じで、ベッドの上で色々と衝撃を受けている間に、私が死神に見間違えるのも頷ける、漆黒のスーツに身を包んだ背筋をピーンと伸ばして説明を始めた菱沼さん。
ちなみに、蒼白く見えた顔色に関しては、水槽の蓋の色が反射していたようで、今は普通に肌色だ。
「まず本採用の前に、一週間の試用期間をもうけますので、藤倉菜々子様には住み込みで創様の身の回りの家事をやって頂きます」
「ーーへ!? 住み込みなんですか? それに、家事までやらないといけなんですか?」
菱沼さんからさっそく気になるワードが飛び出してきたために、私は前のめりになって聞き返していた。