拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。
今度は一体何をされるんだろうかと、ビクビクしていると。
桜小路さんからは、意外な言葉が返ってきて。
「今はまだ知らなくてもいい。そんなことより、お前は早く寝ることだけに集中しろ」
その声音が殊の外優しいものだったから、不意打ちでまた、胸がキュンと切ない音色を奏でた。
「それから明日、お前を恋人として紹介するんだから、俺のことは名前で呼ぶこと。いいな?」
けれども、すぐに桜小路さんのことを名前で呼ぶという新たなミッションを言い渡されてしまい。
もうそのことで頭がいっぱいになってしまった私は、それどころではなくなってしまうのだった。
「ーーへッ!? そっ、そんなのいきなり無理ですッ!」
「前にも言ったが。俺の辞書には『無理』なんて言葉は存在しない。呼べないなら、呼べるまで練習させてやろうか?」
「////……ッ!?」
「どうする? ん?」
「……ぜ、善処します」
「そんな言葉を聞きたいんじゃない。ほら、言ってみろ」
「……は、は、は」
「お前、今からくしゃみでもする気か?」
「////……は、じ……め……さん」
「しょうがない。今はそれで許してやる。ほら、寝るぞ」
再び桜小路さんとの不毛な攻防が続くのかと思いきや、王子様然としたイケメンフェイスをフル活用して、眼前に迫ってきた桜小路さんに、呆気なく敗北することとなった。
言い慣れないのもあり、無性に恥ずかしかったし、無理矢理言わされた感満載だったけれど、言い終えた瞬間ギュッと抱きしめてくれて、ご褒美のように頭まで優しく撫でられてしまえば、もうどうでも良くなっていて。
向かい合って横になった体勢で抱きしめてくれているお陰で、そこまで密着することもなく。
程よい密着度によってもたらされる、桜小路さんのぬくもりと穏やかな心音のお陰で、記憶は曖昧だけど、私はいつしか眠りの世界へと誘われていったようだ。
そうしてとうとう私にとっては、決戦とも言える、顔合わせの日を迎えたのだった。